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2003年11月6日〜11月9日 写真でふり返る選挙戦の日々 (2)

6日写真:白川候補と一緒に街頭演説にたつ渡辺秀央・民主党参議院議員この日は、朝早くから、白川勝彦選対本部長の渡辺秀央・民主党参議院議員が、白川候補と一緒に長岡市内の15ヶ所で街頭演説。まさに絨毯爆撃的な熱烈な応援でした。長岡市は、渡辺秀央参議院議員のかつての選挙区(旧新潟3区)であったために多くの支持者やお知合いの方が多く、応援演説にも自然と力が入っておられました。

「小泉内閣をこのまま続けさせていけば、日本経済は崩壊します。日本は駄目になってしまいます。私たちの地方は衰退してしまいます。この新潟5区で、反小泉・反自公・政権交代の旗をしっかりと掲げているのは、白川候補だけです。
   新潟県で立候補している候補者の中で、白川候補ほどの経歴・識見・ファイトをもっている候補者はいません。しかも、まだ若い。私よりも11歳も若いのです。田中真紀子さんよりも若いのですよ。
   長岡のため、新潟県のため、日本のために必ず大きな働きをする男ですから、どうか皆さん、当選させて下さい。渡辺秀央の心からのお願いです」

写真:女性支持者に力強く握手女性支持者に力強く握手をする白川候補。田中真紀子候補は主婦層に圧倒的な人気があるといわれていますが、どうしてどうしてわが白川候補も女性層から熱い熱い支援を受けました。もっと時間がほしいとつくづくと感じました。

写真:道行く人々や車に手を振って支援をお願いする白川候補。右は長部登県議会議員
渡辺秀央参議院議員(手袋の後)が熱烈な応援演説をしている間、道行く人々や車に手を振って支援をお願いする白川候補。右は長部登県議会議員(長岡市選出・社民党)

この日は、長岡市内で4ヶ所の個人演説会が開かれる。どの会場も熱気につつまれる。写真:個人演説会で熱弁を振るう白川右は個人演説会で熱弁を振るう白川候補。
   日中の強行日程の街頭演説会に続いて、午後6時半から開かれた4ヶ所の個人演説会でも熱弁で白川候補への支援を訴える佐藤信幸県議会議員(長岡市選出・民主党)、長部登県議会議員、渡辺秀央参議院議員(左から)
写真:佐藤信幸県議会議員(長岡市選出・民主党)、長部登県議会議員、渡辺秀央参議院議員


7日写真:個人演説会まで、終日白川候補に付き切っりで応援くださった森ゆうこ参議院議員とこの日は、民主党・参議院議員の森ゆうこさん(新潟選挙区選出)が午前7時30分の朝立ちから夜の個人演説会まで、終日白川候補に付き切っりで応援して下さる。事前を含めて4回も白川候補の応援に駆けつけていただきました。本当に感謝申し上げます。

写真:ぜひ、白川さんを当選させて下さいと熱弁の森議員

「私たち自由党は、小異を乗り越えて民主党と合流しました。それは、日本をダメにし、地方をダメにする小泉内閣に終止符を打つためです。白川さんは、政権交代のためにすべてを投げ打って新潟5区から敢然と立候補しました。自治大臣を立派に務められた白川さんもいるんですから、私たちに政権を任せて下さい。政権交代なくして、景気の回復も福祉の充実もありえません。ぜひ、白川さんを当選させて下さい」

と熱烈に訴える森ゆうこ参議院議員。

写真:応援に駆けつけて下さった長谷川きよ小千谷市議会議員小千谷市における街頭からの最後のお願いに応援に駆けつけて下さった長谷川きよ小千谷市議会議員。

写真:支持者に御礼と最後のお願いをする白川小千谷市での最後のお願いで集まっていただいた支持者に御礼と最後のお願いをする白川候補。


写真:街宣車から大きく身を乗り出して最後のお願い最終日は終日長岡市内の日程のため、小千谷市と北魚沼郡と南魚沼郡では、今日が最後のお願いとなる。街宣車から大きく身を乗り出して最後のお願いをする白川候補。ウグイスの声にも切々さがみなぎる。手振り部隊も後続車から大きく身を乗り出して白川支援を訴える。



写真:最後のお願いをする白川北魚沼郡の中心の小出町で出迎えて下さった150人の支持者を前に最後のお願いをする白川候補。隣は森ゆうこ参議院議員。あたりはもう真っ暗。

写真:御礼のあいさつをする白川出迎えて下さった支持者の皆さんに心からの御礼のあいさつをする白川候補。後の街宣車では、森ゆうこ参議院議員が熱い白川支援の訴えをしておられる。森ゆうこさんには、本当にお世話になりました。3年半後の森さんの選挙の時にはこのお返しをしっかりとしなければならないと白川陣営は肝に銘じております。

写真:政権交代は、ひとつの革命です写真:個人演説会での白川夜は長岡市内の4ヶ所で個人演説会が開かれる。このスナップは長部登県議会議員の地元の紅陽公民館で開催された演説会。


写真:白川は平成の坂本竜馬・高杉晋作となって、この革命を必ずやり遂げます

「政権交代は、ひとつの革命です。白川は平成の坂本竜馬・高杉晋作となって、この革命を必ずやり遂げます。皆さんのご理解とご支援を心からお願い申し上げます!」

と気迫を込めて訴える白川候補に万雷の拍手が起こる。民主党の公認問題も、時間のない中での不十分な態勢でのハンディキャップも全て呑みこんで、政権交代の一点に命を懸ける政治家の姿は多くの人に感銘を与えました。


8日選挙戦の最終日。最後の朝立ちです。
写真:朝8時までスピーカーが使えないので、後ろでパネルをかざして白川候補が立っていることをアピール後でパネルをかざしているのは、朝8時までスピーカーが使えないために、こうやって白川候補が立っていることをアピールするためです。このように選挙期間中の朝立ちは、公示日前よりもいろいろと苦労がありました。

写真:佐藤信幸県議会議員(長岡市選出・民主党ー左)と長部登県議会議員(長岡市選出・社民党ー右)が「必勝 白川勝彦」のタスキを懸けて白川支援を訴え

最終日は大票田の長岡市内で終日の最後のお願い。この日は、一日中、佐藤信幸県議会議員(長岡市選出・民主党ー左)と長部登県議会議員(長岡市選出・社民党ー右)が「必勝 白川勝彦」のタスキを懸けて白川支援を訴えて下さいました。両県議会議員には、本当にお世話になりました。心から御礼を申し上げます。地元の民主党と社民党がこのように必死になって白川候補当選のために戦っているのに、これを無視している民主党本部の態度には本当に解せないものがありました。しかし、私たちは、地方主権という信念でこれらを呑みこんで戦いました。

写真:長岡市内で最後のお願いをする白川街宣隊の車列長岡市内で最後のお願いをする白川街宣隊の車列。先頭が街宣車、つづく2台が大きく身を乗り出して手をふる手振り部隊。後の2台のワゴン車には、法定ビラを街頭演説の周辺で撒くビラ撒き部隊が乗っている。白川街宣隊は、選挙期間中に5万枚の法定ビラを街頭演説の場で撒き切りました。これは、そんなに簡単なことではありません。本当にご苦労さんでした。

写真:本部事務所で、最後のお願いをする電話部隊
選対本部事務所で、最後のお願いをする電話部隊。事務所に設置した20台の電話で、市民ボランティアの皆さんが朝早くから夜9時まで必死のお願いをして下さいました。本当にご苦労さまでした。

1日中、長岡市内での最後のお願いをして来た街宣隊が19時45分過ぎ事務所前に到着。選挙事務所前に集まった多くの支持者を前に打ち上げ式。

写真:選挙事務所前に集まった多くの支持者を前に打ち上げ式

写真:大きな拍手と喚声ですべての街宣日程を終える「45日の短期間の戦いでした。ですから、私はいろんなものが11月8日までにそろえばいいと思って、どんなことがあったも腹をたてたり、不足の思いをしてきませんでした。そして、民主党の公認を除いて、今日ここにすべてがそろいました。厳しい環境の中、お力添えをいただいた全ての皆様方に心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。最後に私といっしょになって激しい街宣活動をして下さった街宣部隊の皆さんに心から御礼を申し上げます。どうか、ご参会の皆さまも感謝の拍手を送ってやって下さい!」

と白川候補が御礼のあいさつ。白川候補と一列に並んだ赤いジャンパーを着た街宣部隊の健闘をたたえる大きな拍手と喚声ですべての街宣日程を終える。事前を含めて、他陣営を圧倒する見事な白川街宣隊でした。本当に本当にご苦労さまでした。

写真:選対本部事務所に帰り、選対スタッフと選対幹部に御礼の握手をする白川すべての街頭活動を終えて選対本部事務所に帰り、選対スタッフと選対幹部に御礼の握手をする白川候補。左から中川良一社民党新潟5区代表、大塚勝民主党新潟5区代表、長部登県議会議員。

写真:すがすがしい気持でお世話になった皆さんに御礼

すべてをやり終えて、すがすがしい気持でお世話になった皆さんに御礼のあいさつをする白川候補。困難な戦いを思い切り戦い抜いた満足感が感じられました。人事を尽くして天命を待つ心境なのでしょう。

写真:選対スタッフ・選対幹部らと



9日午後11時過ぎ、審判が下る。率直にいって厳しい結果でした。
白川は、次のようなあいさつをしました。
写真:選挙結果をうけて挨拶に立つ白川

「多くの皆さんから温かいご支援をいただきましたが、私の小選挙区における当選は残念ながら果たすことはできませんでした。私の不徳のいたすところであり、深くお詫び申し上げます。厳しい選挙戦にご支援をいただいた皆さんに心から御礼を申し上げます。

しかし、私は新潟5区から反自公保・政権交代という立場にたつ候補者がいないという状況の中で、出馬を決断しました。結果は、自民党王国といわれる新潟5区で公明党の推薦を受けた自民党候補は3分の1程度の得票しか得られず落選しました。私の出馬した所期の目的は、果たすことができました。ですから、戦いには勝ったのです。私の戦いは決して無駄ではありませんでした。写真:私の出馬した所期の目的は、果たすことができました。ですから、戦いには勝ったのです。

私の得票が非常に厳しいものであったことは事実ですが、それは、私と非常に似たような立場に見える田中真紀子さんが立候補したからです。当選した田中さんが総理大臣指名選挙で、小泉純一郎と書くのか、菅直人と書くのか、それ以外の名前を書くのか、いまの時点では明確ではありません。ですから、田中さんの総理大臣指名選挙における投票を、重大な関心をもって見守りたいと思っています。

私は新潟県の民主党・社会民主党・旧自由党の皆さんの推薦・支持を得、一緒にこの選挙を戦いました。また、平和を愛する諸団体・市民ボランティアの皆さんからも力強い応援もいただきました。日々、感激・感謝する毎日でした。こうした皆さんと築き上げてきた政治的結束は、新潟5区の宝です。この政治勢力の結集・拡大のために今後とも意気軒昂に戦っていく決意です。」

写真:支持者に頭を垂れて御礼する白川正直にいって、意外なあいさつでした。でも、爽やかな表情で本気に勝利宣言をする白川にその健闘をたたえて、大きな拍手と喚声があがりました。私たちスタッフも白川の爽やかな顔を見て救われました。写真:お互いの健闘を讃え合う

お互いの健闘を讃え合い、今後の政治的結束を誓い合う新潟5区の代表者。左から、長部登県議会議員(長岡市選出・社民党)、佐藤信幸県議会議員(長岡市選出・民主党)、白川勝彦(民主党)、中川良一社民党新潟5区代表。本当にありがとうございました。また、ご苦労さまでした。

写真:車座になって選挙戦をふり返える一通りのセレモニーは終るも名残は尽きず、車座になって選挙戦をふり返えりました。率直にいって三階に上げられて突き落とされるという、つらい苦しい戦いでした。でも、こんなことに挫けず、終始果敢かつ爽快に戦った白川候補を擁して、政治的に大きな意味のある選挙を戦い抜いたという確信からか、明るく爽やかな雰囲気で散会したことが救いでした。

最後に、私(岩元)は白川の大学時代の友人でして、捨て身を覚悟して今回の戦いを決意した白川の意気に感じ、出馬声明の3日後からボランティアとして参加しました。そろそろ会社の方に帰らなければなりません。ですから、日々のアルバムでの私の役目はひとまず終わらせていただきます。読者の皆さまには、長い間、この日々のアルバムをご覧いただきましてありがとうございました。白川は選挙後も至って元気です。そう遠くないうちにまたこうしてお会いできる日が来ることを確信しております。

(文責 岩元)


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