─古文書蔵─
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菜種梅雨の候となりました! 例によって、この土日も休みはありませんでした。昨夜9時ころ事務所から家に帰るとき、穏やかな雨が降っていました。菜種梅雨というのだそうです。俳句の世界では、春の季語だそうです。先週からコートは着ないで出勤しています。東京は、間違いなく春が近づいています。冬より春。そして、私は春より夏が好きです。特に新緑の初夏がいちばん好きです。 さて、HOTNEWSでお知らせしたとおり、先週から各党に挨拶をしています。先週は、自由党の小沢党首、さきがけの中村敦夫代表、共産党の市田書記局長にお会いし、短時間ではありましたが意見交換をすることができました。党首同士ですから、お互いにツーといえばカーと分ります。かなり突っ込んだ話をしました。私が抱いていると同じ問題意識を各党首とも持っていました。今後綿密に連絡しながら、この夏の戦いに必ず勝つために力を合わせようということになりました。 今週は、火曜日に民主党の鳩山代表と菅幹事長に会う日程が既に決まっています。社会民主党の土井党首とはまだアポが取れていませんが、今週中にはお会いできるのではないかと思っています。7年前、自社さ連立を模索していたとき何度も会った人たちです。何となくその当時を懐かしく思い出します。あの当時私たちが意識していた強権政治などとは問題にならない「全体主義的なもの」が、いま私たちの眼前に立ち塞がっています。あのとき以上に力を合わせなければならない時だと思っています。 ここまで書いているところで、接戦だった千葉県知事選挙の結果が出ました。堂本暁子前参議院議員の当選しました。私が堂本さんとある会合で会ったのが2月下旬でした。今日立候補声明をしたばかりですという日です。私は、全体の流れとしては堂本さんに勝機は十分あるが、あまりにも時間が少なすぎるのではないかという感じと、失礼ですが68歳という年齢がちょっと気になりました。堂本さんの応援にいっている平成奇兵隊からの情報では日に日に盛り上がってきているという情報が入ってきていました。時間と投票率の勝負だと思っていましたが、雨のせいもあり前回を上回ったとはいえ36.88%の低い投票率の中で、見事に勝利を掴まれたと思います。いっしょに自社さ政権を作った同志として心からお祝い申し上げます。 このとき堂本さんがいったことが非常に印象的でした。長野県、栃木県で出てきた流れを千葉県で止めてはならないとおしゃっていたことです。この点は、私もまったく同意見でした。堂本さんのいちばん強調していたことが、非常に困難な条件の中で実現したことの意味は限りなく大きいと思います。もし、投票率がもう少し高かったら大差がついていたと思います。私が論文「リベラルこそ、21世紀の政治理念」の中で述べていることが、ますますそのとおりになっていることに心強いものを感じます。「新党・自由と希望」は、このような政治の流れをしっかりと見据えて立ち上げました。ますます自信をもって戦いを進める決意です。 いっぽう自民党の方はというと、小泉純一郎氏が総裁選に出るだの出ないだのというような記事を見受けます。平成10年の7月、参議院選挙で自民党が大敗し橋本首相・加藤幹事長が退陣した時を思い出します。この時の総裁選で、私は小泉純一郎氏を推しました。宮沢派は小淵恵造氏を推しましたが、派の意向に反しての行動でした。いよいよダメになったら、国民的人気の高い小泉氏を総裁にというのは、何とも感度が鈍いし後手後手だといわれてもしょうがないでしょう。小泉氏の鮮度も、3年前に比べれば比較にならないほど落ちているのに気が付かないのでしょか?その小泉氏でもまだ安心できないというのですから、自民党の感覚というのは骨董品級といっていいでしょう。 こんなことに構っている暇はありません。どんどん歴史の歯車を回していかなければならないと思って頑張っています。家で酒を飲むことなどは滅多にありませんが、今日は堂本さんの当選を祝ってビールを飲んで寝ます。 00:20東京・砂防会館の事務所にて |
党名投票の詳細について 党名発表の記事のところに、詳しい投票結果を永田町徒然草で報告しますと書いておいて、前号でその結果を報告しなかったところ、さっそくある方からお叱りをいただきました。この号の末尾に添付しますのでご覧下さい。指摘してくださった方は、「新党・自由と希望」は何事も公開するということが大事だというものでした。おっしゃるとおりであり、この精神を大切にしていきたいと思います。 実は前号で掲載しようとしたのですが、3月16日公認内定者として発表した小森桜美林大学教授のことを紹介するものが、サイトの上でぜんぜんなかったので、永田町徒然草で紹介させてもらいました。このため、記事が長くなってしまい、私の判断で割愛させてもらったのです。掲載するだけでしたら、ワープロにある文書を貼り付けるだけですから、そんなに手間はかからないのですが、この永田町徒然草は、私のサイトではいちばんみられるコーナーですので、それなりに気を使って書いているつもりなのです。 ついでにこの際ぜひ知っていただきたいことがあります。私とWebマスターは、著作権というものをできるだけ尊重しなければならないと考えています。これを永田町徒然草に貼り付けたいと思うものがいっぱいあるのですが、厳密にいうと、ほとんどのものに著作権があり、肖像権もあるのです。政治家の写真など、私もクレームをつけたこともないし、クレームなどつかないから貼り付けてよというのですが、Webマスターのガードはなかなか固いのです。Webマスターがいうことが正しいことなんですから、それ以上は私としても押せません。実はWebマスターとはしゅっちゅう激しいやりとりをしているのです。事情ご賢察ください。 「新党・自由と希望」のWebサイトも立ち上げました。いまも、その打ち合わせを済ませたところです。私のサイトともども可愛がってください。「新党・自由と希望」のサイトは、できるだけ多くの人に携わってもらおうと考えています。平成奇兵隊IT部隊を近く結成したいと考えています。これに参加を募ります。希望者はメールでぜひお知らせください。お待ちしています。 0930東京・砂防会館の事務所にて
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「新党 ・自由と希望」公認候補内定者、2名決定 3月16日党名発表ともに、今年の夏に行われる参議院議員通常選挙の「新党・自由と希望」の公認候補内定者として、2名を発表しました。一人は小森禎司桜美林大学教授。もう一人は私─白川勝彦です。小森教授から最終的に公認候補者となることの承諾をいただいたのが3月15日夜でしたので、このことをサイト上で発表する準備ができませんでした。このことを私の方から正式にサイトで報告するのが遅くなったことをお詫び申し上げます。 小森教授と私が最初にお会いしたのは、『読売新聞』で私の決起が報じられた一週間後くらいでした。このころまだそんなに忙しくなかったものですから、私の決起にエールを送ってくださった方や候補者になりたいという方にかなりお会いしました。そんな中で、小森教授に最初にお会いしたときから、こういう方にぜひわが党から立候補してもらいたいと私は強く思いました。 しかし、私が立ち上げようという新党に熱いエールを送ってくださることと、この新党から候補者として立候補を決断してくださることはまったく質の違う問題です。もちろん小森教授も最初のうちは私に熱いエールを送ってくださるおひとりでした。その後何度かお会いする度に、私の小森教授への熱い思いは強まるばかりでした。 新党の党名を発表する際、あわせて第一次の公認候補予定者としてぜひ私とともにぜひ発表したいと考え、3月15日夕方お会いし候補者となっていただきたいと改めてお願いしましたところ、ご決断をいただきました。そして、昨日正式に発表した次第です。 小森教授の経歴などは、別に改めて紹介させていただきますが、生まれたときから全盲という大きなハンディキャップを持ちながら強靭な精神力で困難を乗り越え、平成9年に桜美林大学の教授となり、英文学の教鞭をとられています。専門は、イギリスの盲目の大詩人ジョン・ミルトンの研究です。イギリスで政教分離ということを最初に熱心に主張したのがジョン・ミルトンだったということを、私は小森教授からはじめて教えていただきました。 記者会見の席で私は簡単に紹介だけをし席をゆずり、あとは小森候補予定者から決意表明をしていただきました。小森候補予定者のあいさつと決意表明が終わったとき、大きな拍手が自然と沸き起こりました。小森教授の日本の政治を変えなければならないという真摯な熱い思いが多くの記者の心を打ったのです。私もいろいろな政治家の記者会見に立ち合ってきましたが、こんな光景を見たのは初めてです。記者会見の席で配られた小森候補内定者の決意文を紹介します。 新党参加への決意 桜美林大学教授 小森 禎司 一月三十一日、新世紀初の国会が始まった。百年の計を立てる重要な国会だ。 二月十五日発行の週刊文春には、「白川勝彦―これは『平成の奇兵隊だ』」という記事が掲載され、白川新党のビジョンが紹介されている。この記事のなかで、白川氏は、「国民は、あらゆる分野で、自由にして、公正なものを求めている。しかし、自民党に、自由と公正を期待できない以上、私たちはこれと袂を分かち、外側に新しいリベラルの旗を打ち立てなければならない。そして、リベラルな政治の対極にあり、良識ある自立した国民を抹殺しようとしている自公保連立政権を倒すことに、全力を尽くさねばならない」と言っている。 さらに「白川新党は、『平成の奇兵隊』でありたいと考えます。参集者は、有名無名を問いません。政治経験のあるなしも問いません。日本の将来を憂い、旧体制の打破を願い、自由を愛し、高潔な志を持つ人々が結集して、維新を成し遂げようとする集団でありたいのです。」とも言っている。 私は、十七世紀、イギリスの詩人、ジョン・ミルトン(1608~74)を研究している。ミルトンは、大叙事詩『楽園喪失』によって、広く世界にその名を知られているが、彼にはもう一つの顔がある。それは、オリバー・クロムウエルの率いるピューリタン革命に身を投じ、革命政府のラテン語書記官として、時の圧制政治に反対し、自由のための闘いに健筆を振るったことであった。白川氏の決意表明に見られる、「日本の将来を憂い、旧体制の打破を願い、自由を愛し、高潔なこころざしを持つ人々が結集して、維新を成し遂げようとする集団でありたいのです」と言うくだりは、まさに愛国者ミルトンの思いでもあった。白川氏は憲法の自由を守る立場から「政教分離」(Separation of Church and State)を訴えている。これもまた、今から三百五十年も前に、ミルトンが主張したことである。 白川氏は、自らの行動を「平成の奇兵隊」になぞらえている。「奇兵隊」と言えば、幕末の志士、高杉晋作が創設した軍団である。高杉は維新の夢を果たせなかったが、その夢を、白川氏には是非果たしてほしい。自分の思いを高杉になぞらえる白川氏に、私は殊のほか親近感を覚えた。白川新党は、高杉晋作をスタートラインとし、ゴールの坂本竜馬に向かって、前進してほしい。岩見隆夫氏は二月十日付毎日新聞朝刊の「近聞遠見」の欄で、白川氏の自民党消滅論にエールを送った。私も白川新党を支持し、その一兵卒になりたい。 最低でもあと8人の候補者を決定していかなければならないのですが、小森教授のような人の心を打つものをもっているすばらしい候補者を擁立したいと考えています。そして、今日の私たちの祖国─日本の窮状をみるとき、「新党・自由と希望」の志を体現するすばらしい候補者が必ず名乗りをあげてくださると私は信じています。そのことを信じて、私は各分野から候補者を公募することにしました。今日発表した公募要綱は別に掲載します。 12:30東京・砂防会館の事務所にて |
それにしてもお粗末な! 昨日の「日曜討論」と「サンデープロジェクト」、ご覧になりましたか。私は両方とも半分くらいずつみました。半分ずつというのは忙しかったのと、あまりにもバカバカしかったので最後までみなかったからです。3月5日の不信任案の否決劇も何とも分りにくかったですが、今度の辞任劇も分りにくいですね。第一に、基本をまったく勉強していません。 森辞任をきめたのではなくて、9月に実施する予定の自民党総裁選挙を4月に前倒しすることを決めたのだといっています。一方では国会開会中なので、全国の党員による投票は行わないとのことです。自民党でない人が細かいことを知らなくとも責めるつもりはありませんが、自民党の役員や議員がこんな矛盾したことをいっていたのでは、噴飯ものです。 いま手元に自民党党則はありませんが、私の頭にはちゃんと入っていますから間違いありません。まず、4月に総裁選を実施するということは、総裁が欠けた場合に行う総裁の選任手続きをさしているのでしょう。総裁が欠けてもいないのに─つまり森総裁が死んでもいないし辞任したわけでもないのに、総裁が欠けた場合の選任手続をあらかじめ決めるなどということは、論理的に矛盾していると共に党規約を完全に無視していることなのです。こんなバカなことをしたことは、万事いい加減な自民党でもこれまでにやったことはありません。 森総裁が辞任したことによって行われる総裁選挙に「森総裁に再度立候補してもらいたい、そんな声が起こるようにこれから頑張っていきたい」と安倍官房副長官がいっていました。これなどは実際にありえないことをいっているという意味で、漫画であると同時に党規約がまったく分っていない発言です。ちょっとどうにかしろよ、と思わずいいたくなりました。 9月に予定してされている─というより実施しなければならない総裁選挙を4月に繰り上げて実施することは、党規約を改正しなければできないことなのです。党規約を改正するのは両院議員総会か党大会の議を経なければなりません。しかし、総裁公選規定に基づいて行われる総裁選では党員の投票を必ず保障しなければなりません。党員の投票をもうやめにするというのも、党規約を改正すればできないわけではありませんから、それはそれでいいのですが、これまでの議論の中では全く出ていない案です。 どうしてこんなことをいうか説明しましょう。私たちは、これまでいろんな場面で執行部と戦ってきました。総裁選挙は、党改革を行う上で大事な場面なのです。実際に候補を立てて頑張ったこともあります。だから、自民党の改革を本気で考えるなら、党規約は隅から隅まで読んでいなければならないのです。良くても悪くても、党規約に定められた土俵で戦うしかなかったからです。 今日サンプロに出ていた若手の議員は、若い者から総裁候補を出すとか何とかいっていました。しかし、4月に行われるという総裁選挙が、いったいどういう総裁選挙なのか知っているのでしょうか。私は知らないで発言しているのだと思いました。ということは、明日を創る会などを作って行動はしていますが、そんなのは遊びだといいたいのです。若かろうが何だろうが、国会議員というのは何万、何十万の人から選ばれて国会議員となっているわけです。ですから、行動するときは一人前の政治家として行動する義務があるということです。 私たちが若手議員と呼ばれていたときは、そのような気概をもって発言し行動してきました。ところが、最近の自民党の若手議員の発言には、そういうものが少しも感じられません。中学校か高校の生徒会の活動のような気がしてならないのです。改革の先頭に立たなければならない若手がこのような体たらくですから、自民党の改革などとうてい無理でしょう。 また自民党の田舎芝居がみられるようです。そんなことをしているうちに、自民党の支持率はもっと下がってくれるでしょう。これは私たちにとって、大変いいことです。大いにやってもらいましょう。 06:10東京の寓居にて |
メールでの党名投票〆切は、3月12日です! 2月22日の結党宣言の発表と同時に白川新党の党名を公募いたしました。今日午前9時までに、メールによるだけでも4200通余の投票をいただきました。郵送やFAXによるものもいっぱいあります。また、コメント欄に貴重なご意見や温かいご激励をいただき感謝しております。正直いって党名の公募については、私自身に迷いがあったのですが、いまは公募してよかったと思っています。やはり、「万機公論に決すべし」です。 今回の投票方法は、郵便・FAX・Eメールの3つの方法があるのですが、インターネットのすごさを改めて感じました。ひとつはその早さです。3月22日の午後6時から投票を受け付けたのですが、その日の午後12時には、すでに600通を超えておりました。もうひとつは、インターネットは費用がかからない点です。永年の私の同志の皆さんに結党宣言をお送りするのと投票を依頼するために、全部で1万7000通の手紙を出しました。相当の費用がかかりました。また、たいへんな手間がかかりました。 私が「白川新党はインターネット新党である」というのは、実はこういうところにあるのです。私にはお金は本当に最小限度のものしかありません。そのような中で、今回のような政治活動をするためには、インターネットを使うしかないのです。インターネットこそ、実はいちばんお金のかからない広報宣伝手段なのです。インターネットがナウいから、インターネット、インターネットといっているのではないのです。このことは、「リベラルこそ、21世紀の政治理念」の後半の方に書いておいたとおりです。ですから、くり返しませんが、今後とも白川新党はインターネットを最大の武器として使います。 そこで、お願いなのですが、これからの私からの連絡やお願いはEメールがある人にはメールで行わせていただくことを原則とさせていただきたいのです。ですから、これまで私の方から郵便で連絡やお願いをさせていただいた方でEメールをお持ちの方は、ぜひEメールアドレスをお知らせいただきたいのです。そうするとお金をかけないで頻繁に私のメッセージをお届けすることができます。ご協力のほどよろしくお願いいたします。 また、私のサイトをご覧いただいている方で、私がEメールアドレスをいただいている方だけに出す連絡などを送ってほしいという方は、ぜひEメールアドレスをお教えください。 最後になりましたが、3月11日〆切の郵便による投票のハガキが実際に私の事務所に届くのは3月12日の午後ですから、Eメールによる投票の〆切を3月12日午後6時とさせていただきます。それまでにぜひ多くの方からの党名公募の投票をお願いいたします。ご協力の程、よろしくお願いいたします。 09:30東京・砂防会館の事務所にて |
気の抜けたビールのような不信任案だが… 新聞報道によれば、今日森内閣不信任案が野党から出されます。私にいわせれば、何とも訳の分らない時期の不信任案です。森首相が早晩辞めることは明らかなのに、何でいま出すのか分りません。とにかく不信任案は出したぞというアリバイ作りのような気のする不信任案です。野党がこの夏の参議院選挙で戦わなければならないのは、森首相ではないのです。別の人なのです。だから、森首相の不信任案を予算案の衆議院可決前に提出すべきだと私は主張しました。そして、新しい首相のもとで改めて予算審議をすべきなのです。与党3党が本気で不信任案を否決するのならさせればいいのです。私はできなかったと思います。 今日出される不信任案は、後継首相を選ぶまでの暫定的な信任に過ぎないという理由で、与党3党は否決するでしょう。変な話です。こういうのを漫画といわないで何というのでしょうか。国民を馬鹿にし、国会を愚弄(ぐろう)するものです。特に公明党は、不信任案の否決は森首相の信任を意味するものではない、などと訳の分らないことをいっています。おかしな話です。でも、こういう馬鹿げた話が通ると思っているところがこの政党らしくていいじゃありませんか。創価学会のなかでは通る話かもしれませんが、世間では通る話ではありません。こういうことをどんどんやってももらいましょう。そういう意味では、まったくムダではありませんね。 ところで、いちばん態度が難しいのは加藤騒動のとき欠席した衆議院議員の皆さんでしょう。前回は欠席したが、今回は出席して不信任案に反対する=すなわち森首相を信任することを、いったいどう理屈付けるのでしょうか。昨年の11月20日より森首相の総理としての不適格性は一層明らかになっているのですから。新聞報道によれば、山崎派は出席して反対票を投じるとか。加藤派といってもずいぶん少なくなりましたが、加藤氏に殉(じゅん)じて前回欠席した人はどうするのでしょうか。非常に悩ましいことでしょう。しかし、どうするかでその人たちの評価が決まります。政治とは恐ろしいものです。 最大の関心事は、加藤氏がどうするのかということのようです。私は、加藤氏が反対票を投ずることはないと信じています。出席して賛成票を投じるか? 難しいのではないかと思っています。結局、欠席ということでしょうか。加藤騒動の最後の行動を失敗だったと反省しているのなら、少なくとも出席して反対票を投じることだけはないと信じています。 さて、加藤氏と一緒の行動をとるものはいったい何人いるのか? 何人と、私はいま自信をもっていうことができません。あれだけ切り刻まれたのですから、最後の意地をみせてもらいたいと期待はしていますが、加藤氏の周辺の人々を私はあまりにも知りすぎていますからかえっていえないのです。察してください。結果はデジタルにでます。それをみて私たちは判断しようではありませんか。ひょっとすると、そこに11月20日のなぞを解く鍵があるのかも知れません。 そういう意味では、気の抜けたビールのような不信任案ですが、けっこう悪酔いする人もでそうです。 00:30東京の寓居にて |
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