アメリカという国が沈んでいく。
17年02月04日
No.1892
私が法律を勉強するようになってから、私の心にいつもあった言葉は「権利のための闘争」ということであった。申すまでもなく、ドイツの法学者ルドルフ・フォン・イェーリングが1872年に行った、講演録の題名である。私は、この講演録を読んだ訳ではないが、この題名自体が、実に強烈な力を持っているではないか。
権利は、単なる思想ではなく、生き生きとした力なのである。だからこそ、片手に権利を量るための秤を持つ正義の女神は、もう一方の手で権利を貫くための剣を握っているのだ。秤を伴わない剣は裸の実力を、剣を伴わない秤は、権利の無力を意味する。
ルドルフ・フォン・イェーリング
上記は、この講演の中でイェーリングが述べていることである。実に簡潔かつ力強く、権利の本質を言い得ているではないか。1872年というと、わが国では明治維新の直後である。フランス革命に大きな影響力を与えたルソーの言葉も、強烈な力を持っている。何事も原初の言葉の方が簡潔で、力強さを持っているような気がする。
トランプ大統領が発効させた大統領令や言葉に、世界中の民衆が反抗している。わが国のマスコミは、お愛想程度に報道するだけで、もう一歩深めて考察しようとしない。私に言わせれば、わが国のマスコミは
安倍首相は法学部出身だが、たぶんイェーリングなど知らないであろうし、ましてや「権利のための闘争」など理解できないであろう。安倍首相は、「“自由と民主主義と法の支配”という価値観を共有する」と、よく発言する。しかし、「権利のための闘争」を知らない者がいくら“法の支配”と言っても、無意味なことなのだ。“
私は、トランプ氏と価値観を異にする。だから、彼のやろうとする事には、ほとんど反対である。ゆえに、各論について述べるつもりもないし、言っても無駄と考えている。トランプ氏が何をやっても、直接不利益を
しかし、アメリカでは事情が違いそうだ。直接利益を受ける人もいれば、もろに不利益を被る人もいる。だから、強い反対運動が起こるのだろう。確かに、利益を受ける人はいるだろうが、大きな目で見れば、アメリカという国や社会は、多きな損失を被るであろう。
アメリカという国は、確かに大きな力を持ってはいるが、世界あってのアメリカなのだ。世界の大勢の人々から嫌われるアメリカという国や社会が発展する筈がないし、成長など望むべくもない。私は、反米主義者ではない。どちらかというと、親米主義者といって良いかもしれない。だが、トランプ大統領率いるアメリカという国に好印象を持つことはないだろうし、抵抗するつもりである。それが、現時点における私の考えである。
今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。