おしんと八重
13年04月04日
No.1564
私の日曜日の楽しみは、NHK-BSプレミアムで午前10時から11時30分まで『おしん』を、午後6時からは『八重の桜』を見ることである。『おしん』は、言わずと知れた嘗ての連続テレビ小説だ。もちろん、これまでにも何回か見ている。しかし、再び見ると、やはりこのドラマは凄いと思う。橋田寿賀子さんの構想力と脚本は、大したものだ。橋田さんの『渡る世間は鬼ばかり』も、私の大好きなドラマだった。
『八重の桜』は、今年の大河ドラマだ。私は、大河ドラマはだいたい見ていたが、この数年間は余りにもつまらなかったので、今年から見ないようにしようと思っていた。しかし、『八重の桜』は、毎週楽しみにしている。ドラマとして面白いかというと、必ずしもそうではない。また、白虎隊に特に興味がある訳でもない。それでも毎週見てしまうのは、これから述べるように「場所と時代」設定のせいである。
どちらドラマでも、東北弁が普通に出てくる。私の生まれは、新潟県十日町市である。方言はあるが、東北弁に比べれば、現在の標準語に近い方だ(笑)。しかし、ドラマに登場する人々が話す言葉を聞くと、同じような表現が随所にある。あぁ、私たちも同じような言葉を使って生活していたんだと、昔を懐かしく思い出す。言葉は難しくなくとも、また方言でも、みな必死に考え、真剣に話し合い、真面目に生活していたのだ。
場所設定について述べると、おしんの実家のような家はさすがに少なくなっていたが、それでも、かなり粗末な家は相当数あった。おしんの奉公先の商家のような造りも、まだかなりあった。私の実家は、おしんの奉公先の商家や八重の実家ほど立派ではなかった。しかし、大きな家であり、そこで仕事をし、かつ生活していた。家は広く、大勢の人々が必死に、しかし、それなりに楽しく生きていた。幼い私も、その一員だった。子供も子供なりに、家族の一員として、必死に、けっこう楽しく生きていたのだ。
ドラマで映し出される、家や街並み。コンクリートではなく、木材の家だ。コンクリートでないだけではなく、新建材も、まだ使われていなかった。そのような家や部屋の
時代設定について述べると、『おしん』の方は、明治から昭和だ。『八重の桜』の方は、幕末から明治のようである(ドラマでは、まだ明治はでていない)。私の実家の母屋は、幕末に造られたものだった。母屋を中心として、まるでタコ足のように、工場などが造られていった。周りの農家などには、明治の初めに建てられた茅葺屋根の農家は、ごく当たり前だった。私が物心が付いた昭和20年代後半の十日町市には、明治も大正も昭和初期も混在していたのだ。
『おしん』と『八重の桜』を見ていて、年配の人々が感じる想いは、ドラマの内容ばかりではなく、このような「時代と場所」についての、言い様のない懐かしさがあるのではないのか。そして、懐かしさだけではなく、現状に対する懐疑が、一部にはあるのではないか。たとえば、きれいに雑巾がけをされた床や柱などは、新建材の床や柱などよりはるかに美しく、心を和ませるものがあるのだ。アンティークの家具がもつ、あの“深みと味”だ。
『おしん』と『八重の桜』にでてくる家や街並みのほとんどは、国産の材料で造られている。言うならば、みなドメステックだ。現在私たちの身の回りにある物で、国産の材料で、かつ国内で作られたのはどのくらいあるのだろうか。いま、部屋の中を眺めてみても、ドメステックなものの方がはるかに少ないことだけは、間違いない。嘗ては、国産品でないものは、“舶来品”といったものだ。
[舶来] 外国から船載してくること。外国から渡来すること。また、そのもの。「舶来品」「舶来種」……広辞苑
私たちはいま、舶来品に取り囲まれ、舶来品で生活している。食べ物なども、舶来品の方が多いようである。そして、その舶来品をより多く欲している。それを、豊かさと錯覚している節がある。『おしん』と『八重の桜』を見ていると、その浅はかさを反省させられるのだ。そんなに舶来品を求めなくとも、私たちは、おしんや八重のように、手応えのある暮らしがができると思うのだ。だから、私は『おしん』と『八重の桜』を見るのが楽しみなのだ。
今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。