温首相来日考
07年04月14日
No.395
温家宝首相が来日し、3日間精力的に活動して帰国した。“氷を溶かす旅”と温首相は今回の訪日の目的を語った。温首相は離日に際して“氷”は溶けたといったが、本当に氷は溶けたのだろうか。右翼反動主義者と中国共産党の間にある氷がそんなに簡単に溶けるのだろうか。
「私は日中首脳や要人が相互訪問することは良いことだ思っております。しかし、そこに変な思惑があってはならないと考えます。真の友好関係を築くには、相手の民族に対する尊敬と畏敬の念をもって外交を行う必要があるというのが私の信念です。
日本の一部の人たちにはアジアの国々や民族に対する尊敬と畏敬の念が欠けています。中国の一部にも大国主義的なところがあるような気がします。辛亥革命の前、多くの中国人が当時としては近代化した日本を学ぶために留学しましたし、中国革命を支援した日本人も多くいました。日本が中国を侵略したことは事実ですが、日中の歴史はこれだけではありません。
白人の植民地的支配を受けなかった日本に対して、多くのアジア人が尊敬と畏敬の念を持っていることは事実としてあります。しかし、最近の何でもアメリカべったりの姿は尊敬と畏敬の念を抱かせるものでしょうか。日本民族が独立自尊の気概をもっていると感じられているのでしょうか。
あの北朝鮮にすら日本は六ヶ国協議に出席する必要がないといわれています。私には、日本には拉致問題があるのだから六ヶ国協議から外さないでくれと安倍首相は世界中を回って哀願しているように見えてしょうがないのですが……。北朝鮮問題は、過去も現在もそして将来も一衣帯水の関係にある国・民族同士の問題である、そのために必要なことは何でもするし、避けて通れない問題は絶対にいい加減にしないという毅然としたものが必要だと私は思います。」
これは、いつも紹介している『平成海援隊BBS』に2007年1月14日私が書き込みをした文章からの抜粋である。今回の温首相の来日で私がいちばん印象的だったのは、京都で周恩来の顕彰碑を訪ねたことであった。「辛亥革命の前、多くの中国人が当時としては近代化した日本を学ぶために留学しました」という中に若き日の周恩来もいたのである。私がこのことを知ったのは、ごく最近である。周恩来はフランスに留学したものとばかり思っていたが、それは日本に留学した後のことであった。周恩来は2年間日本で学んだのである。
温首相が訪ねたのは、周恩来が日本留学時に京都の嵐山で失意のうちに作った「雨中嵐山」の詩を刻んだ石碑である。嵐山公園(亀山公園)内にあり、今では日中友好のシンボル、中国人観光客の観光スポットとなっており、中国要人が関西を訪問した際も大抵ここを訪問しているのだそうだ。碑文は廖承志中日友好協会会長が1978年に揮毫したものだという。
温首相が周恩来の石碑を訪ねたことは、いろいろな意味で極めて戦略的である。「中国の一部にも大国主義的なところがあるような気がします。辛亥革命の前、多くの中国人が当時としては近代化した日本を学ぶために留学しましたし、中国革命を支援した日本人も多くいました。日本が中国を侵略したことは事実ですが、日中の歴史はこれだけではありません」と私が述べたことを、温首相はこの石碑を訪れることによって内外(温首相にとっては中国と日本)に見事に示したのである。もうひとつは、現在多くの中国の青年が日本に留学しているが、彼らに対する“強烈”なメッセージなのであろう。どうして私が強烈というのは、ぜひ考えてもらいたい。
温首相が靖国問題を具体的に言及しなかったことに、安倍周辺は安堵しているようである。しかし、温首相はハッキリとこれらの問題にも釘をさしている。それに対して靖国神社を参拝するかどうか、参拝してもそのことはいわないという安倍首相の態度はあまりにも姑息である。靖国神社参拝賛成派にしても、安倍首相のこの姑息で卑屈な態度は我慢ならないものであろう。村山談話に関する安倍首相の対応もチグハグである。村山談話を認めるのか、それとも本当は否定したいのか、何らのメッセージも伝わってこない。彼の本音が村山談話を否定したいのは、彼を知っている者にとっては公知の事実である。本音と建前を使い分けるからチグハグになってしまうのである。
<つづく>
それでは、また明日。