トランプ大統領の言動に、あまり一喜一憂する必要などない。
17年01月28日
No.1891
政治の世界に長くいるが、今ほどやるせない時はない。政治は、より良い社会を築くための営為である。どうしたらより良い社会を築くことができるか、お互いに意見を述べ合い、合意を作り上げていく営為である。しかし、最初から話し合う気が全くなかったら、意見を述べても虚しいことだし、合意など形成できる訳がない。いま、世界中でこのような虚しい争いが起こっている。
例えば、テロとの戦いである。テロは戦争と同じくらい、論じるまでもなく悪である。しかし、戦争をしている当事者には、それぞれ山ほどの正義がある。戦争をしている当事者たちにとっては、戦争に勝つことが正義を貫くことなのである。その過程で、多くに人々が殺戮されたり、数々の破壊行為がなされたとしても、それらは、正義を貫くための必要悪なのである。
テロは何時の時代も、何処でもあった。テロにも、戦争と同じように当事者がいる。テロは支配者側から見れば、残虐な殺戮行為であるが、テロを行う側から見れば、弱者の最後の抵抗なのである。テロリストをいくら殺害しても、これをゼロにしない限り、テロは必ず起こる。支配者側がテロの原因となる行為を止めるのが、いちばん大事なのである。イスラム原理主義のテロは、何時ごろから起こり始めたのか。アフガン・イラク戦争後である。その原因は、アフガン・イラク戦争にあると私は思っている。
“共謀罪”なるものが、“テロ等準備罪”と名前を変えて、安倍政権がまた、国会に提出するという。安倍首相は、これなくして2020東京五輪・パラリンピックを開催できないという。共謀罪は、近代刑法の“罪刑法定主義”から見れば、非常に危険な見解なのである。わが国では、共謀共同正犯が判例上認められているが、厳格な要件を満たすことが必要とされる。内心の意思を処罰できないというのは、近代刑法の基本だからである。
近代刑法の基本を
毎日毎日、トランプ大統領のことが話題にならない日は、ない。まぁ、トランプ大統領のことなど、あまり気にしない方が良いと、私は思っている。トランプ大統領のいう“アメリカファースト”は、彼およびアメリカ国民一部の意思なのだから、仕方がないではないか。しかし、世界はアメリカファーストで動かない。必ず、他国や他国民の反発や反対が起こる。その結果、結局は収まる処に落ち着く。世の中とは、そういうものである。
トランプ大統領は、アメリカ第一主義でいくという。安倍首相は、日米同盟第一主義でいくという。日米同盟第一主義は、わが国の不変の原則だともいう。これじゃ、安倍首相がトランプ大統領といくら交渉しても、結果は明らかじゃないか。アメリカのいうことを、丸呑みしなければならなくなる。二国間関係に“不変”などいうことは、あり得ない。良好な二国間関係を築くためには、互いに努力することが大前提なのだから。
とにかく、世界は変わっていく。わが国にとって、好ましいこともあれば、好ましくない方向もある。それが、世の中というものだ。しかし、わが国には、それなりの力もあるし信用もある。既成の観念に囚われることなく、独立自尊でわが国の行く末を考えなければならない時が来た。だから、21世紀を見通しながら、泰然自若として一つひとつ、わが国の基本を決めていけば良いのである。その基本は、やはり日本国憲法にある、と、私は考える。
今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。