─ 進退従命、栄辱委人 (その1) ─ 1.
進退は命に従い、栄辱は人に委ねる
3.
政教分離を守る戦いに悔いはなし
4.
自公保体制は、ひとつのファシズム
2001年8月1日 [付言] 今回は総論的・情緒的な感想を書きましたが、順次、戦略的・戦術的な総括をしていくつもりです。なお、私と一緒になって戦った宮崎学氏が、彼なりの総括をしています。ご紹介します。「参院選挙は完敗であった |
─ 迫り来る自公保体制の危険 (その2) ─ 1.
自公保体制の中での選挙
3.
自由人よ、武装せよ!
自由人よ、武装せよ! 2001年8月7日 |
─ 戦略戦術上の総括 (その3) ─ 1.
数値
3 : 「新党・自由と希望」の都道府県別の得票数と得票率は以下のとおりです。
都道府県の中で、最も得票率の高かったのは新潟県で、5.01%でした。有効投票に対して1%を超えた都県は7つあり、福井県の1.91%、山梨県の1.63%、山口県の1.58%、千葉県の1.29%、東京都の1.21%、三重県の1.11%、茨城県の1.08%の順でした。
どのような理由で政党名による投票になったのかは、これからいろいろと分析がなされるでしょう。選挙戦を実際戦ったものとしての感想は、ひとつは個人名が書かれる選挙だという行政当局による広報があまり無かったということと、1億人の有権者に対して一人ひとりの候補者が立候補していることを伝える手段があまりにも限られており、有権者としては個人名を書きたくても情報が少なすぎたのではないかと思われます。 2
: 反省点 もし、このように政党名による投票が主だったとするならば、政党名の周知徹底のために政党名の選択と広報上いろいろとやらなければならなかったことがあったからです。私は、70%近くが個人名による投票になると考えていたために、政党名の周知徹底のための費用対効果を考えて、あまり力を入れなかったことは事実であります。 このことは何を物語るかといえば、私たちの戦いのフィールドが半分近くに縮まったことを物語るからです。主戦場を間違ってしまったからです。主戦場で戦わなければ、勝利が覚束ないのは当然といえば当然です。しかも、わずか全体の3分の1となってしまった個人名を書いてもらうフィールドでも、いわゆる6ヶ月条項の制約や費用の問題で、私たちは非常につらい戦いを余儀なくされました。これでは戦争になりません。 3 : 政党別の得票数に対する個人名の比率
各党の総得票に対する個人名の比率がもっとも高かったのは、皮肉にも公明党でした。わが党はこれに次いで個人名の比率が高い政党でした。47人もの比例区候補者を擁立した自由連合でも、個人名の比率が48%強でしかありませんでした。自由主義政党であることを標榜している自民党の個人名の比率が29%、自由党のそれは14%弱でした。これは制度の問題か、それぞれの政党の体質の問題のどちらかだと思います。 3.
選挙報道の壁 泡沫政党の立候補を抑制するために、数年前に供託金などが大幅に引き上げられました。そして、比例区の場合、候補者一人あたり600万円の供託金になりました。10人の候補者を比例区に擁立する場合、6000万円が必要になります。実際に、この供託金というハードルをクリアーするのに、私は非常に苦労しました。 しかし、この高いハードルを超えて立候補した政党については、報道機関は、もう少し報道してもいいのではないかと率直に思いました。多くの支援者から、なぜテレビや新聞に出ないのかというお叱りをいただきましたが、出ないのではなく、出してもらえないのです。別に泣き言をいうつもりは全くありませんが、このような報道姿勢に、私は、意図的なものを感ぜずにはいられませんでした。 私は、これが自公保体制だといいたいのです。自公保体制とは、自由を抹殺する体制です。政治的にも、新規参入者を排除する体制です。そういう体制の下では、こういうことは不自然でも何でもないのでしょう。選挙後、私が 「自公保体制と戦うつもりだったが、自公保体制体制はすでに完成しており、これとの戦いは戦前の大政翼賛会と戦う非推薦候補者のようだった」といったのは、こういう意味です。そして、今回の参議院選挙を通じて、自公保体制は一層強固になりました。 4.
最後に 今回の選挙について、間違いや反省すべきことは沢山あります。それらを一つひとつ明らかにすることも大切なことと思います。しかし、それらを全部明きらかにして、仮に、そのような過ちをしなかったとしても、おそらく、今回の選挙の結果は変わらなかったでしょう。そうである以上、私は、今回の選挙についてあれこれを論じる必要はないのではないかと思うのです。 ですから、私は最初に「今回の選挙は完敗であった」といったのです。完敗した者が、あれこれいってみても仕方ありません。人をしていわせしめよ。我はわが道を行く。これしかありません。ただ、私に、いまなお悔悟の念が全くないのは、今回の戦いは
「進退は天命に従い、栄辱は世人に委ねる」
との信念と確信に基づくものだったいうことです。 2001年8月22日 |
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