泥舟の溝鼠ども!
07年09月01日
No.536
今日から9月である。日本列島もようやく猛暑から解放されたようである。暑い暑いなどといったら“バチが当たるぞ”といった手前、ちょっと無理をしたせいか最近少し疲れているような気がする。こういうのを“年寄りの冷や水”というのだろうか。まあ、いずれにしても、何事も無理はしないことが肝心である。内閣改造でなんとか局面を変えたいと思っている安倍内閣であるが、いろいろと大変なことに見舞われている。
まずは松嶋前九州厚生局長の不明朗な金品授受の問題である。数千万円の退職金はすでに支払い済みだという。厚生労働大臣に就任した舛添要一氏は、“厳正に処分する”と張り切っている。それにしても舛添氏はやけに張り切りきっている。何事もあまり張り切りすぎると問題を起こすものである。そもそも安倍首相の辞任を主張しながら、声がかかるとホイホイと大臣に就任するあたりが舛添氏という“政治家”の軽佻浮薄を暴露した。所詮彼は“口舌の徒”でしかないのだ。前からいっているように、安倍首相の続投というのはそもそも無理筋なのである。多くの国民は安倍首相の辞任を当然のことだと思っていた。だから彼は安倍首相の辞任を主張した。
政治家として安倍首相の辞任を主張した以上、その主張を実現するために彼は行動しなければならない責任がある。彼は安倍首相が総裁を務める自民党の国会議員なのである。彼が本気で安倍首相の辞任を主張したのであれば、そのために行動する責任があるのである。彼がそのために行動したという証拠を私は知らない。テレビで国民受けのすることをいっただけなのである。そんなことは、努力とも苦労ともいわない。
苦労というならば、そう主張することにより役職に就くチャンスを失うということなのだが、一言声がかかるとホイホイと大臣に就任したのだけら苦労もしなかったということである。政治家ならば意地でもここは要請を断らなければならないのである。そうでなければ、辞任云々の主張もためにしたものと政治的にはみられるのである。私は自民党参議院政調会長に就任した以降の彼の言動は、すべて自分のためにやっていると思って見てきました。舛添氏はそういう男なのである。そういう男を参議院政調会長に就任させたり、こんど厚生労働大臣に任命したするあたりに、自民党には“人をみる目”がないといわざるを得ない。
一昨日のみのもんたの“朝ズバッ”で、舛添氏は安定した年金制度を作るために消費税を上げるしかないなどと発言していた。発言の場所を心得ない、軽率の謗りは免れない発言である。いま厚生労働大臣に求められているのは、年金制度一般についての対策ではない。5000万件の宙に浮いた年金をはじめとする現在の年金について事実を明らかにし、その対策をチャンと立てることなのである。野党はそこのところをキチンと突いていかなければならない。“鉋屑(かんなくず)のようにペラペラ喋る男”は、必ずどこかでボロを出す。恐れるに足りない。ところで“鉋屑(かんなくず)のようにペラペラ喋る男”とは、中曽根康弘氏を評して円地文子女史がいった言葉だったと記憶している(ちょっと自信がない)。
退職金といえば、飲食店勤務の女性を射殺した警視庁立川署の巡査長に5割増しの退職金を警視庁は支払うという。この問題は、退職金だけが問題ではないぞ。いかなる理由があったにせよ、警察官が国民を守るために持っている拳銃で国民を射殺したのである。退任がほぼ決まっていた溝手国家公安委員長はなぜ引責辞職しなかったのであろうか。彼の最後の仕事はそれだったのである。感度が鈍すぎる。彼が責任を取らなかったのだから、安倍内閣はこの問題にまだ責任を取っていない。だから今回国家公安委員長に就任した泉氏が責任を追及されることは避けられない。また野党は責任を追及しなければならない。少なくとも警視総監は引責辞職をしなければならないだろう。
閣僚などの「政治とカネ」を疑わせるような問題もでてきている。発足したばかりの安倍改造内閣だが、なんとなく雲行きがよくない。それは当たり前のことなのである。そもそも今回の内閣は泥舟なのである。その泥舟に乗り込んだ溝鼠どもにおかしなところがない筈がない。野党としては徹底的に調査し、追及していかなければならない。それにしても民主党の方にもいろいろと問題が噴出してきたいる。追い詰められた自公“合体”政権は、何でもやると覚悟しておいた方がいいだろう。そんなことは政治の世界では当たり前のことなのだ。こうした問題の対処方針を誤ってはならない。
それでは、また明日。