大臣と長官の違い
06年12月02日
No.265
昨日の『朝日新聞』に、「防衛庁の『省』昇格 衆院を通過」という記事があった。全文の紹介は省略するが、ポイントとなる記述は「法案が成立すれば、防衛庁は来年1月上旬にも『防衛省』となり、防衛庁長官は『防衛相』に格上げされる予定だ。これに伴い、今まで形式上、首相を経ていた法案提出や、海上警備行動発令の承認を得る閣議要求などは、防衛相が直接行うことになる。さらに、自衛隊の国際緊急援助活動や国連の平和維持活動(PKO)、テロ対策特措法やイラク特措法に基づく活動、周辺事態での後方支援などが国土防衛や災害派遣と同等の本来任務に位置づけられる」というものである。しかし、肝心要のところが抜けている。
○○大臣と○○庁長官との違いは一体何なのであろうか。細かいことは内閣法と各省庁設置法案に詳しく規定されている。それをここで述べようとは思わない。私が実際に体験したことを紹介して、その違いを分かりやすく理解してもらうことにする。選挙民も政治家も「オラが先生が大臣になった」と、○○大臣も○○庁長官も大臣は大臣だということで大喜びする。しかし、大臣になった者同士が集まるとき、○○大臣と○○庁長官はちょっと違う。○○大臣たちの方が、なんとなく元気があるのだ。例えは、私は白川自治大臣と呼ばれたが、隣に座っていた稲垣実男代議士は、稲垣国土庁長官か単に稲垣大臣と呼ばれていた。稲垣国務大臣国土庁長官と呼ばれることはなかった。もちろん、大会などで「国務大臣国土庁長官稲垣実男」と紹介されることはあると思う。できるだけ大臣大臣と呼んでほしい人には、こんなところに不満があるのかもしれない。だが、大臣と長官の違いを深く理解している大臣(おとど)は、そんなにいないのではないか。
私がこのことを深く考えさせられたのは、外国人の地方公務員採用問題について発言した時である。それまで自治省の見解として「一般事務に携わる地方公務員は、日本国籍を持つものでなければ採用してはならない」としてきた。いわゆる国籍条項と呼ばれるものである。私は就任した直後に出演したあるテレビ番組で「これからは、各地方自治体の考えで決めるべき問題だと思います」と発言した。驚いたのは、この問題を担当する公務員部長だ。すぐに跳んできた。私が自治大臣に就任する1週間前に、自治大臣の私的諮問機関が「当然の法理として、一般事務職の地方公務員として採用される者には日本国籍が必要とされる」という従来の自治省の見解を改めて踏襲する答申を出したばかりだというのだ。「そんな大事な問題ならば、就任直後のレクチャーの中でどうして触れなかったのだ。私がテレビで発言したことは取り消せないし、取り消すつもりもない」と私は応えた。
公務員部長は困ったであろう。自民党の関係部会でも大議論になった。右翼などから、売国奴とか殺すぞなどという電話もかなりあった。だが、私の信念は変わらなかった。私は、レクチャーでいわれなかったから軽い気持ちで発言したのでない。国籍条項のことは十分知った上で、あえて発言したのだ。日韓議連の活動を通じて、この問題を私なりに長い間勉強してきたからである。自治省は地方公務員制度を所管していた。「一般事務職の地方公務員の採用には、日本国籍を持つことが必要とされる」という自治省の見解は、各地方自治体にとっては重いものであった。これに違反した地方自治体には、交付金措置を通じてペナルティーを課すとされていた。しかし、これを所掌する自治大臣が「自治省としては特に規制をしない。これからは各地方自治体の判断に委ねる」と発言したのであるから、従来の見解は変更されたことになる。
地方公務員制度を所掌する自治大臣たる私のこの発言は絶対である。仮に、総理大臣が自治大臣と違った発言したとしても、総理大臣は地方公務員制度を所掌していないので、法律的には何の意味もない。だから、私を自治大臣に任命した橋本総理がそれではまずいというのであれば、まず私に発言の訂正を求め、それでも私が発言を変えないというのであれば私を罷免し、自分で自治大臣を兼務した上で、私の発言を訂正するか、橋本総理と同じ考えをもつ者を自治大臣に任命して、私の発言を訂正するしかないのだ。私は、そうなったらそうなったで仕方ないと思っていた。就任早々だったが、首も覚悟していた。しかし、橋本総理は、この問題を口にすることは一切なかった。従って、この問題に関しては、私の発言が生きているのである。
このように、所管事項については、それを所管する省の大臣の権限は絶大なのだ。防衛庁は内閣府の外局である。内閣府が所掌する事項は、内閣総理大臣が統括する。「防衛庁の長は、防衛庁長官とし、国務大臣をもって充てる」とされているが、防衛に関して最終的な権限と責任をもつのは内閣総理大臣であることに変わりない。だから、法案の提出も予算要求も、内閣総理大臣を経由して行なわなければならない。省になれば、こうした制限はなくなるのだが、そんなことより、防衛省の所掌事務や権限について法律で除外されるものを除き、防衛大臣が全権を持つことになる。本当にそれでいいのか、ということである。
防衛という政治の最大の課題を、総理大臣の総括のもとに置く ─ これは、よくよく考えた上でのことではなかったのか。防衛庁の省格上げ問題は、実はかなり昔からあった。しかし、自民党の良識は、これを長い間おさえてきた。小泉政権の末期、今回の法律案は国会に提出された。継続審議となり、安倍政権の手で、あまり政治問題にもならずに可決成立しようとしている。長年の懸案であった教育基本法も防衛庁設置法も、トコロテンのように次から次と改正されていく。
長い間懸案であったということは、それだけ国民の中に多様な意見があったからだ。郵政民営化法案などの比ではない筈だ。本来ならば、小泉首相よろしくその賛否を国民に問うべき法案なのだ。これを郵政民営化賛成ということでかき集めた頭数で、どんどん成立させていく。詐欺的手法だという人もいる。平和と福祉の党といってきた公明党など、なんのブレーキにもならない。それが現在の政治状況である。
「(自民党と公明党が連立政権を組んだ時)日本の議会政治、民主政治もまさにアウトになる。そうなってからでは遅い、ということを私は現在の段階において敢えていう」
と藤原弘達氏が警鐘をならしたアウトの状況下に、私たちはいると考えた方がいい。事態は深刻である。
それでは、また。