政治闘争は、いつも悪戦苦闘の連続
16年04月25日
No.1824
衆議院北海道5区の補欠選挙の結果は、極めて残念であった。しかし、冷静に考えれば、この選挙には困難な条件が重なっていた。この補欠選挙は、あの選挙区で長年に亘り当選してきた町村信孝衆議院議員の死去に伴って行われた選挙であった。小選挙区制の導入に際して、旧北海道1区(5人区)は確か、5つの小選挙区となった。
当時、自民党の総務局長だった私は、町村氏には北海道1区から立候補して欲しいと思っていたが、町村氏の方から早々と、北海道5区を希望すると言われた。町村氏にとって、かなりの縁故のある選挙区だったようだ。北海道1区には、北海道知事経験経験者の横路孝弘衆議院議員が立候補することになっていたので、自民党は、候補者擁立に随分苦労させられた。
今年になってから、野党共闘ー野党統一候補という構想が強調されてきたが、それが現実の動きとなったのはごく最近のことであった。ハッキリ言って、この選挙が初めてである。しかも、野党共闘の中核となるべき民進党が結成されて、まだ1ヶ月経っておらず、残念ながらそのインパクトはあまり大きくなかった。さらには、野党共闘の選挙という経験もなかった。その中での選挙結果は、次の通りである。
和田 義明 | 135,842票 |
池田 真紀 | 123,517票 |
▼その差 | 12,325票 |
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前の永田町徒然草No.1823「火事は最初の5分・選挙は最後の5分」で述べたように、「選挙においては、大規模な災害は権力側に有利に動く」ものである。この票差を見ると、平成28年熊本地震がなければ、野党統一候補がおそらく勝っていたと私は思う。熊本地震は天のなせる業であるが、北海道5区の補欠選挙の惜敗もまた、天のなせる業なのであろう。野党各党は、天のなせる業に思いを致すことが大事である。
僅差ではあるが、負けは負けである。しかし、こんなことに
今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。