セイフティ・ネット考
07年04月12日
No.393
セイフティ・ネット(safety net)の整備・充実。いま多くの人が口にする言葉である。また政策的には自民党から共産党まで異論のないところである。しかし、私が国会に初当選した昭和54年(1979年)には、あまり耳にしなかった言葉と記憶している。このセイフティ・ネットという問題をちょっと掘り下げると、実はいろいろと重要なことがみえてくる。
セイフティ・ネット(safety net)というのは、そもそもはサーカスで空中ブランコなどの危険な曲芸をやる場合、曲芸師が万一失敗したときにその命を守るために曲芸をする下に張られた大きな網のことをいう言葉であった。私が小さいころには、新潟県の小さな町にもときどきサーカスがやってきた。テレビもみれない時代、サーカスを観るのはもっともエキサイティングなことであった。私は1回観るだけでなく、違う人に連れて行ってもらって2回も3回も観たものである。空中ブランコや綱渡りが始まる前に、確かに大きな網が張られた。その網がセイフティ・ネットなのである。
セイフティ・ネットは張られていたが、曲芸に失敗して落ちることなど滅多になかった。少なくとも私は見たことがない。だからこそサーカスなのである。セイフティ・ネットの整備・充実を図るということは、ちょっと良いことであり福祉に熱心のように聞こえるが果たしてそうであろうか。わが国では、一部の特殊な分野だけでなく、すべての分野でサーカスの空中ブランコや綱渡りのような危険な生き方をしなければならないのであろうか。サーカスは特殊な分野の危険な仕事である。わが国の為政者は、すべての国民にこのような生き方をせよというのだろうか。セイフティ・ネットをちゃんと張ってやるから心配するなといいたいのだろうか。
私はちょっと違うと思う。すべての国民が空中ブランコや綱渡りのような命懸けの生き方をしていかなければならない社会がおかしいのだ。いかなる社会体制であろうが、生きていくことは安易なことではない。国民に生活の途を確保することは、国家としても大変な努力を要することである。しかし、すべての国民に空中ブランコや綱渡りのような命懸けの生き方を迫るような国家はあまり聞いたことはないし、良い国家とはいえないであろう。国民に努力を求めることは仕方ないと思うが、それは普通の人が普通の努力をすれば大丈夫のようなものでなければならないと思う。例えていうならば、エスカレーターの道でなくてもいいから“よそ見”をしないでちゃんと歩けば大丈夫の道がちゃんとある社会ということではないだろうか。
最近では、普通の道でも危険なところには柵や手すりがちゃんと設けられるようになった。危険なところに柵や手すりがなかったために、転落して死亡や怪我をした場合には国の責任が問われることが多くなってきた。いまわが国で必要なのはセイフティ・ネットではなくて、このような柵や手すりを議論することなのだと私は思っている。セイフティ・ネットの整備や充実を口にする人は、この違いをちゃんと認識して議論しているのであろうか。それとも本気で国民すべてにサーカスの空中ブランコや綱渡りのような生き方をせよと思っているのだろうか。いくら資本主義社会だとしても、それは間違っている。
小泉改革以来、わが国のあり様が明らかに変わりつつある。最近では、普通のサラリーマンになることも難しくなったようである。正規社員になるのは“僥倖”の人であって、派遣社員やパート労働者で我慢しなければならない人が多くなったという。私たちが就職するときは(昭和30年代の後半から40年代のはじめ)、こんなことはなかった。社会保険を逃れるためにミエミエのパート労働者として採用することは、労働基準監督署が目を光らせていた。裁判所も労働者の権利に配慮した判決をけっこう出していた。国民がささやかな幸せを求めることを保障できない社会は、悪しき国家である。わが国はこのことに努力をすることを止めつつあるようである。その弁解として使われているのが、セイフティ・ネットの整備・充実ということではないのか。だがそのセイフティ・ネットも、いまだ用意されていない。揚げ足取りをしているのではない。私は実態を問題にしているのだ。
それでは、また明日。