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見識を疑う安倍首相の発言

13年04月27日

No.1568

私は最近、国会中継などあまり見ない。与野党とも不勉強のため、その発言は、あまりにも空疎で見る気がしないからだ。4月24日の午後、仕事の合間にテレビを点けたら、たまたま参議院予算委員会の審議が中継されていた。そこで安倍首相は、「わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。その自由は、確保している」と、発言した。私は「このバカが !」と思った。この言は報道されたが、あまり問題となっていない。正確には、国会議事録を引用すべきだが、ここでは、時事通信の記事を紹介する。

安倍首相「脅かしに屈しない」= 閣僚の靖国参拝 - 参院予算委

安倍晋三首相は24日午後の参院予算委員会で、中国や韓国が麻生太郎副総理ら閣僚の靖国参拝に反発していることに関し、「国のために尊い命を落とした英霊に対し、尊崇の念を表するのは当たり前だ」と強調した上で、「わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。その自由は確保している」と述べた。今後も閣僚の靖国参拝を容認する考えを示唆した発言で、中韓両国が一段と反発する可能性がある。

民主党の徳永エリ氏への答弁。首相は「国益を守り、歴史や伝統の上に立ち、誇りを守るのが私の仕事だ」とも指摘し、「それを削れば(中韓両国との)関係がうまくいくという考え方は間違いだ」と語った。

中韓両国の批判には「それ(金大中韓国元大統領時代)以前はほとんどなかった」「A級戦犯が合祀(ごうし)されたときも中国は首相の参拝に抗議していなかった」などと反論した。

麻生副総理も「世界中で祖国のために尊い命を投げ出した人たちに、政府が最高の栄誉で敬することを禁じている国はない」と主張。古屋圭司国家公安委員長は「国会議員として、国のために命をささげた英霊に哀悼の誠をささげるのは当然だ」と述べた。(2013/04/24-16:47)

この発言のバカらしさは、安倍首相が「中国や韓国が、麻生副総理らの靖国神社参拝に反発していること」を、脅かしと捉えていることである。安倍首相は、いったい誰に対する脅かしと捉えているのだろうか。「わが閣僚は」といっているから、参拝した閣僚たちへの脅かしと考えているのだろう。しかし、中国や韓国が、靖国神社に参拝した閣僚をどう脅かすのだろうか。もしそうだとしたら、それを守るのは警察の任務である。

中国や韓国が反発しているのは、安倍内閣であり、日本に対してなのである。それは、昨日今日に始まったことではない。かなり根の深い問題なのである。閣僚が靖国神社を参拝するのは自由だし、それに対して、中国や韓国が反発するのも自由である。安倍首相は「閣僚の靖国参拝の自由を確保している」というのであるから、閣僚は、自由に靖国神社を参拝すればよい。しかし、中国も韓国も、同じように反発するであろう。それを「脅かし」と捉えているところが、この発言の問題点なのである。

一般論として、「国や社会のために命を捧げた人々に対して、国民や国家が尊崇の念を表す」のは当たり前であり、そのような施設を持っている国もある。靖国神社を参拝する閣僚は、「それは、靖国神社を参拝することである」と考えているのであろう。それが揺るぎない宗教上の信念だというのであれば、これは、信仰の自由の問題である。安倍首相は、信仰の自由として、閣僚にもこれを確保すると言いたかったのだろうか。

宗教的信念で靖国神社に参拝する。それに対して、中国や韓国が反発し、外交的・政治的問題が起こったとしても、宗教的信念に基づく参拝ならば、それを甘受するのもまた、宗教的信念というものである。宗教は、世俗の利害得失など度外視するものである。だからこそ尊いのだ。しかし、宗教的信念は、他人に強制すべきではない。「みんなで靖国神社を参拝する会」に参加する160余名の国会議員が打ち揃って参拝し、これも話題となった。

靖国神社の閣僚参拝は、中国や韓国だけから反発されているだけではないのだ。閣僚の靖国神社参拝は、憲法20条に照らして、昔から問題となっていた。いわゆる政教分離である。

第1項   信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
第2項   何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

閣僚の靖国神社参拝には、この条文からも明らかなように、多くの問題が存在しているのだ。

政治の世界でも、政教分離はいつも問題となっていた。そのほとんどは、創価学会と公明党の関係であった。この問題が深刻かつ大争点となったのは、平成8年の衆議院総選挙であった。小選挙区制が導入され、新進党が結成された。新進党のど真ん中には、創価学会・公明党がいた。自民党にとって、恐るべき相手であった。自民党は、“政教分離の大キャンペーン”を行い、それが功を奏し、戦いに勝利した。安倍首相も、その中にいた。(参照 : 憲法20条を考える会)

喉元過ぎれば熱さ忘れる。憲法20条を考える会の役員をみると、「政治家のいうことなど信じないほうがいい」という感を、私でさえ改めて強くする。自公“合体”政権の中でわが世の春を謳歌している面々にあっては、何をか言わんやである。このような連中にだけは、尊崇の念とか、愛国心などと言われたくない。ましてや、このような連中が行おうという憲法改正は、危険である。このことだけは、絶対に真実である !!

それでは、また。

  • 13年04月27日 11時07分PM 掲載
  • 分類: 2.国内政治

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