神話が生まれるメカニズム
09年10月22日
No.1323
昨日、私は超多忙であった。一日に10数人の方々の深刻な問題の相談と依頼に与ることは、そんなに楽なことでない。しかし、非力な私を頼ってくる方がいる以上、私は弱音を吐きたくない。懸命に努力している毎日である。さすがに昨日は疲労困憊(こんぱい)した。これまで絶対にこんなことはなかったのだが…。やはり私は60歳を過ぎた老人に過ぎないなのだろうか(笑)。
昨日の夕刊をいま見たところである。日本郵政株式会社の次期社長に元大蔵事務次官の斎藤次郎氏が内定したようだ。私は斎藤氏と個人的な付き合いがない。恩もなければ恨みもない。従って、あれこれ言うつもりはないが、細川連内閣時代の大蔵事務次官であった。そして細川連立内閣の改革の機運を頓挫させたのは斎藤氏その人であった。役人に国民の高揚するエネルギーを吸収し、これを政策化する能力を求めることなど、木によって魚を求めるようなものだ。亀井氏はこんなことが分からないのだろうか。そういえば亀井氏も元官僚だった。
藤井財務大臣も元大蔵官僚である。“脱官僚”を一枚看板に掲げる鳩山内閣は、意地でも70歳を超えた元大蔵官僚の幹部などに依存してはならないのだ。そのような気概はないのか。このように元大蔵官僚に依存することが、“大蔵官僚神話”を作ってしまうことに加担しているのである。同じようなことは“小沢神話”についても言える。小沢氏を批判しているようだが、いい加減な小沢批判はかえって小沢神話を増幅するだけなのである。言論とは難しいものである。
それでは、また。