真の政治家の能力
06年12月29日
No.290
前号で書いたようにこの数日間は、温故の年賀状書きに全力投球をしている。そんな関係で新聞もテレビもほとんど見ていない。バックグランド・ミュージック代わりにテレビをつけていたとき、佐田行政改革担当大臣の辞任のニュースを聞いたが、正直いってほとんど興味はなく聞き流していた。後任には渡辺喜美が決まるといわれそのとおりになった。この二人には共に因縁浅からぬものが私にはある。
そもそも安倍首相の誕生にも安倍内閣の人事にも私はあまり興味はない。どこかの高校の生徒会の会長と役員のような感じがしてならないからである。だから第二次小泉内閣の発足のときに書いた(旧HOMEコンテンツ #209 #212 #213 #214 #215)ような安倍内閣の大臣などの政治家度を論評する気も起こらなかった。要するに政治家と呼べるような人物が安倍内閣にはほとんどいないのである。安倍首相その人が、一体どのような抱負・経綸をもった政治家なのかほとんどの人が知らないであろう。私はかなり傍で見てかつ付き合ってきた方だが、この人に人間的な何かを感じたことがない。『美しい国、日本』とかいう本も総裁選前に出たようだが、そんなことで買って読む気も起こらなかった。
さて今回は佐田玄一郎と渡辺喜美の両氏についてあえて述べることにしよう。佐田氏は群馬県における地元最大手の佐田建設株式会社の惣領息子である。そんな関係で当然のことながら当時の経世会に所属していた。経世会の国会議員というのは、なぜか自己主張がない。というより出来ないのだろう。自民党が野党時代に国対の部屋でよく会ったが、ほとんどこれといった印象をうけない人物であった。平成8年の小選挙区における最初の選挙の際、総務局長として佐田氏とはたびたび会わなければならなくなった。群馬1区には現在財務大臣をしている尾身幸次氏と佐田氏の現職が二人いたためどちらかを比例候補にする選挙区調整をしなければならなかったからである。このときも棒をのんだような主張しかせず、コスタリカ方式で最初は尾身氏を小選挙区・佐田氏を比例区にと党本部が決断した。
渡辺喜美氏とも選挙区調整のために何度も厳しい折衝をした。当時渡辺氏は国会議員ではなかったが、直前に逝去された渡辺美智雄氏の後任として栃木3区の自民党公認候補とすることは何の問題もなかった。しかし、渡辺氏の方から厄介な問題を突きつけられた。彼の仲間である県会議員の西川公也氏を栃木2区の自民党の公認候補としなければ自民党からは出馬しないというのだ。ところが栃木2区からは自民党参議院議員の森山真弓氏が立候補することが内定していた。自民党から出馬しないということは、新進党もしくは新進党系で立候補するということだ。栃木1区には強い地盤をもつ船田元氏も自民党からは立候補せず、この問題をうまく解決しないと栃木県は総崩れになる可能性が大きかった。
いまでこそ栃木県は自民党王国となっているが、一度は野党になり新進党との天下分け目の戦いをひえていた自民党の勢力は栃木県においてもこんなものだったのである。党がいちばん苦しいとき、自民党もあるし新進党もあるという態度は渡辺美智雄氏の後継者としては正直いっていただけなかった。政治家というのは党がいちばん苦しいときどうするかで、その評価が決まるといっていい。要するに党派性の問題である。私を含めて党本部の選挙関係者は渡辺喜美氏に対していい印象はもてなかった。いまの自民党には、党派性という面からみると問題のある議員がウジャウジャいる。こういう政治家はしょせんその時そのときなのである。こういう政治家の言動は率直にいって信用しないほうがいい。
今回の政府税制調査会の会長や行政改革担当大臣の後任人事を見ていると、安倍首相には危機にあたってどう臨むかという気迫がない。ピンチはチャンスだということばもあるが、今回の人事はそうはならないだろう。その原因は安倍首相の政治に対する理念・気迫・情熱に問題があるからである。派閥の推薦を受けなかったことを自慢しているようだが、政治家を見極めるというのはたいへんなことなのである。政治家の資質・能力を見極めるのは真の政治家の能力であるが、安倍首相にはこれは無理のようである。安倍政権の今後の推移を見ていくのも面白い。
それでは、また。