この戦いの本質
12年04月01日
No.1542
先週の天候も、不順だった。春らしい日が来たかと思うと、また、冬に逆戻り。北海道や日本海側の地域で雪が降っているのだから、東京が寒くても当たり前なのだが、日差しがすっかり春本番だから、つい、不順と思うのかもしれない。そんな中でも、私の体調の方は順調に回復していた。昨日の土曜日は、久しぶりに渋谷に行って、それなりの週末を楽しんだ(笑)。頂いた抗生物質も、あと2日呑めば終わりだ。もう少しの辛抱だ。
野田内閣が、消費税を増税する法案を閣議決定した。この件に関するニュース報道が、当然のことながら、圧倒的に多かった。野田内閣は、野田首相を先頭に、この法案を通すために、権力の全てを使って増税法案を成立しようとしている。国民新党の変な動きから推察されるように、これからの動きは、いろいろあると思う。どんな権力であれ、国家権力を侮ってはならない。国民は、警戒する必要がある。油断は大敵だ。
それにしても、2年半前の総選挙で民主党に投票した人々は、消費税を10%にすることに政治生命を賭けると叫ぶ野田首相 ― これに、唯々諾々と追随する民主党の面々を、どのような気持ちで見ているのだろうか。野田首相や民主党幹部がどのように言辞を弄しようが、嘘は嘘であり、裏切りは裏切りである。私も民主党に投票し、民主党を応援した一人だが、まさに、悪夢を見ている思いだ。裏切り者は、しっかりと断罪しなければならない。
それにしても、今回の法案を巡る今後の動向は、予測が意外に難しい。野党第一党の自民党は、そもそも、消費税の増税に基本的に賛成なのである。言うならば、自民党の増税方針を民主党が丸呑みしたのだ。もちろん、その仕掛け人は財務省 … いや、財務省だけではない。官僚組織全体が仕掛けたのである。官僚組織全体が、自らの存続を賭けて消費税を増税したいのだ。官僚組織の存続のためには、その原資=税金が必要のだ。
原則論として増税反対を明確に掲げる政党や政治家は意外に少ないことに、国民は気が付かなければならない。増税反対派がこの戦いに勝利するためには、国民は原則として増税=重税に反対することを明らかにし、その理論的構築を急がなければならない。今回の増税を許すならば、日本という国は、恐ろしい重税国家となるであろう。重税国家は、自由主義体制と本質的に矛盾する。私が消費税の増税に反対する理由は、そこにある。
国民の圧倒的多数は、今回の消費税の増税に反対である。それは、国民が“分からず屋”だからでも“欲張り屋”だからでもない。国民は、重税国家に対して本能的に嫌悪感を抱いているのである。その嫌悪感は、本質的に正しい。役人に予算と権限を与えたからといって、国が良くなったという体験が、わが国にはないからである。官僚組織は、国民が今回の増税に反対する動きをみて、これを反省すべきである。
“増税なき財政再建”というスローガンを、私は懐かしく思い起こす。ゼロ・シーリング、マイナス・シーリングというスローガンで、10年近く、わが国の政治は実際に行われた。その中で、わが国は未曾有の繁栄を誇った。昭和50年代から平成に至る時代である。平成元年4月に、たった3%の消費税を導入しただけなのだが、平成の時代は失われた20年といわれ、わが国の経済は、ずっと停滞し続けている。国民の暮らし向きも、同じである。
今回の消費税の増税に反対する戦いは、意外に長く、苦しい戦いになるような気がする。嘘つきといわれようが、裏切りといわれようが、曲りなりに国家権力を掌握している政党や官僚組織は、本気で増税を狙っているのである。税金という金目(かねめ)の理屈でこの戦いに勝つのは、難しいような気がする。どのような国を目指すかという国家観の争いにしなければ、この戦いには勝てまい。長く困難な戦いになることを、国民は自覚しなければならない。
今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。