海図なき船出
09年09月04日
No.1279
今日の新聞各紙の一面トップ記事は、小沢一郎氏の民主党幹事長起用である。これに関する毀誉褒貶はいろいろと出てくるであろう。近く内閣総理大臣に就任する鳩山民主党代表は、難しい問題に次々と決断していかなければならない。
今回のような総選挙を経て新しい総理大臣が誕生する例は、残念ながらわが国にはなかった。要するに海図なき船出なのである。まずは鳩山氏が決断することからすべては始まる。その第一歩が小沢氏の幹事長起用なのであるのだ。これから鳩山氏は小沢幹事長と協議しながら諸事を進めていく覚悟なのである。そして次々と役職は決まっていく。その人たちがそれぞれの役割を果たしていかなければならないのだ。成果はそれぞれの人々の貢献とされるが、責任は鳩山氏が負わなければならない。船長とはそういうものである。
鳩山氏が民主党代表に就任し小沢氏を代表代行に起用した時、マスコミなどは激しく一斉に非難した。ところが総選挙で民主党が大勝すると小沢氏の功績だと持ち上げる。そして小沢氏を幹事長に起用すると“二重権力の懸念”“小沢支配の復活”などと否定的な評価を加える。総選挙を民主党代表として戦い抜いた鳩山氏は、3か月前の小沢民主党代表の下(もと)の幹事長だった鳩山由紀夫とは違うのだ。
役職と戦いが政治家をつくるのである。時代が大きく変わっているとき、政治家も国民も変わっていく。いや命懸けで変わっていかなければならないのだ。命懸けで闘わない者は時代から取り残されていく。例えば『翔べ! 鳩山由紀夫』などいうタイトルの本を出版して鳩山氏がずっこければ、私は“あの白川のバカが…”と嘲笑されること必定である。私だって“それなりの命”を懸けているのだ(笑)。革命の時代に無責任な行動などあり得ないのだ。危険負担を覚悟しない輩が無責任な言動を弄しているだけなのだ。
それでは、また。