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2007年01月19日

いよいよ完結に向かって

この実践記もそろそろ終りにしなければならない。理由は二つある。ひとつは、私の「健康生活」の実践は昨年11月ころで実質的には終ってしまったからである。当時の記憶はかなりあいまいになってしまった。また最近の日々の生活はだいぶいい加減になったしまった。不健康生活になった訳ではないが、それほど自慢できる日々の生活を送っている訳ではない。当時のことを思い出して書き連ねるといまでもそんな健康生活をしているとの誤解を与えることを懼れるからである。もうひとつの理由は、健康生活を実践することにより私は心身ともに健康になり、現在はけっこういろいろなことをやっており、いろいろと書きたいことがでてきたからである。

私がこれまで書いてきたような普通の人からみたら尋常でない「健康生活」ができたのは、そのことに没頭できる時期と環境にあったからである。当時あえてまったく社会と断絶し、自分の意思で24時間をほとんど自由に決めることができた。10月の下旬頃から私は社会との接触を始め、最近では自分から社会と積極的に関わり合おうと思い、そのような生活を始めた。社会との接触はまだまだリハビリ中だと思うが、私の意思と都合だけでは動けなくなった。社会と断絶して生きることなど普通はできないし、またすべきでもない。社会と関わりながら健康生活をしてこそそれは誰にでもできることだし、また長続きすることもできる。

Webサイトを再開することを決めた時、上記リハビリはかなりかかると思っていた。そのリハビリ中にやることや考えることをWebサイトでノンビリと書こうと思っていた。安倍政権の誕生は、そんなにノンビリすることを許してくれないようになった。私は日本国憲法に帰依する者である。この憲法を改正すると明言する内閣の誕生は、私を刺激しないはずがない。またここで目覚め奮起しないようでは、私は私でなくなる。私が健康生活を実践できなくなっても致し方ない。私はこれまで述べた健康生活を実践している時、私が健康でいることが必要な時が必ずくる、だから焦らずにいまはこの健康生活の実践に専念しようと思っていた。私が思っていたよりその時が早くきただけだ。人間は時として自らの命を賭してでも何かをやらなければならない秋というというものがある。命を賭すのだから健康など省みれない場合もある。

しかし、それは真にやむを得ない場合だ。よほどなことでない限り、命と健康は大切にしなければならない。長い戦いをやらなければ決着をつけられないこともある。政治的な戦いなどはそういうものが多い。そうすると命と健康を守るのも戦いのひとつである。徳川家康が非常に健康に気を配り、当時としてはかなり長生きしたことは、彼の信念だったしそれは正しいことだったと私は思う。世捨人の健康生活では、普遍性はない。私のこれからの課題は、社会生活を普通にしながら健康生活を実践していくことである。それはこれからの永田町徒然草などで折に触れて書いていこうと思っている。そしてそれができてこそ本当の健康生活というものだ。

従って、とり合えずこの「健康生活」実践記を完結するにあたり述べることは、尋常でない健康生活を終った後の私の暮らしぶりとその中で実践していることが第一のテーマとなる。第二のテーマは尋常でない健康生活ではあったが、とにもかくもそれをやったことにより会得したことをまとめておくことだ。それでは最後の本論に入ることとする。

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