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FORUM21 2008年8月10日 通巻153号
特集 池田大作を守るため 一 政局を揺さぶる創価学会
私が自公“合体”政権に突きつけた“最後の果たし状"
白川 勝彦 元衆議院議員・弁護士
麻生首相の自信過剰が仇
本誌のこの号が発売される時、衆議院がまだ解散されていなければ幸いである。編集者からこの原稿を頼まれた時は、自民党がど派手な総裁選をやっている最中だった。私は原稿の締切をぎりぎり延ばしてもらった。これを書いているのは2008年10月4日午前である。
編集者の依頼は、「自民党総裁選の馬鹿らしさや政治的意図を書いて欲しい」というものであったが、その必要は最早ないだろう。自公“合体”政権の浅はかな卑しい目論見は国民に見抜かれてしまい、麻生内閣の支持率は思うように高くならなかった。麻生首相は、自分の人気が高いと思っているようだ。しかし、そう思っているのは麻生首相とその周辺だけである。
「俺はハンサムだ。女にモテる筈だ」と思っている男は、実際には意外にモテないのである。「俺は人気がある」と思っている政治家は、本人が考えるほど政治的な人気は出ないのである。そういう候補者を私は沢山みてきた。
そもそも政治は人気でやるものではない。自公“合体”政権が置かれている状況は、人気で乗り切れるほど単純ではない。事態は深刻であり、その原因は根源的なところにあるのだ。
戦いの証拠であり、記念碑
私はこの10年間、政治の場における公明党・創価学会問題をみてきた。みるだけではなく、これと身を挺して戦ってきた。なにも私から好んでノコノコ出かけていったのではないが、なぜか戦わなければならない立場に立たされた。
私は殊更に争いを好む者ではないが、さりとて戦いを恐れる者でもない。戦わなければならない時は、断固として戦うのが政治家の使命と心得てきた。
政教分離の問題は、憲法の問題であり、政治の問題である。政治家としてこの問題から目を背けることはできないし、避けようとも思わなかった。たとえその道が厳しいものであったとしても、天が命じることならば進むしかない。あとは天命に委ねるだけであった。
政治の場で戦うためには、どうしても選挙というバリアを乗り越えなければならない。私は3回挑戦したが無念にも敗退した。その背後には、いつも創価学会・公明党の影がつきまとっていた。こうして公職の場に私が身を置くところはなくなった。
だが、政治は肩書きがなければやれないというものではない。逆に肩書きを守ろうとするために臆病になることもある。少なくとも政治は臆病者がやるものではない。幸運にも34歳から衆議院議員をやらせていただいた者として、このことだけは自信をもっていえる。政治家は、まず明確な政治的意思を持たなけれぱならない。その政治的意思や考えを発信していかなければならない。たとえその道は細くとも、道がある限り進まなければならない。
本誌で時々の自公“合体”政権の悪行を明らかにすることは、私に許された数少ない活動手段であった。編集者に求められるまま、その時々の自公“合体”政権の悪行を告発してきた。世に問うてきた。それは私の戦いの証拠であり、記念碑でもあった。
創価学会・公明党との10年戦争
どんなに難攻不落の城といわれても、真剣に探索すれば必ず弱点がある。いかなる欠陥もないことが弱点になるときさえある。心ある多くの人々が難攻不落の城といわれる自公“合体”城に戦いを挑んできた。私もその一員であった。
自公“合体”政権はその誕生からそもそも曰く付きであった。平成8年の総選挙における自民党の主張と約束を、恥ずかしげもなく公然と踏み蹟るものであった。公明党にとっては、「平和と福祉の庶民の党」という看板に悸ることであった。多くの国民は直感的に見抜いていた。最初から疑問を呈してきた。
難攻不落と思われていた自公“合体”政権は、その内部に矛盾を抱えていた。どんなに厚化粧を施し、鉄壁で周りを固めようが、無理なことは無理なのである。中から腐乱してきた。その腐臭に国民は気付き始めた。そんな中で、月刊誌「WILL」(2008年10月号)に
政教分離とは笑わせる
わが敵、創価学会・公明党との10年戦争
という刺激的なタイトルの記事が掲載された。私の談を記者が手際よく纏めたものである。これを機に私は多く雑誌や新聞紙から取材を受けた。マスコミの論調が微妙に変わってきた。
9月初めに花伝社から出版を持ちかけられた。総選挙は近づきつつある。政権交代を成し遂げる絶好のチャンスの選挙である。だが、政権交代を勝ち取るためには、政権の本質を見誤ってはならない。私は緊急出版することにした。
「自公連立解体論」を緊急出版
『自公連立解体論」という書名である。全270頁の本である。その内の133頁は、本誌に掲載された私の著作であった。同著に本誌掲載記事を収録するにあたり、私は修正や訂正の必要を少しも感じなかった。いや、むしろ修正や訂正をしてはならないと考えたのである。
創価学会や公明党を論ずることは、それ自体が戦いなのである。ちょっとでも隙があれば、創価学会お抱えの弁護士団が訴訟を提起すべく待ち構えている。書く方も雑誌を発行する方も、必死なのである。学者や御用評論家の愚にもつかない書き物とは、訳が違うのである。本誌の発行を継続できるのも、これを支える多くの読者がいるからである。だから、私の著作は、戦いの証拠であり、記念碑だというのである。
10月2日「自公連立解体論」が出来上がってきた。10月10日ころには全国の書店に並ぶ。私はこの本が来るべき戦いの大きな武器になるものと信じて同書を発刊することにした。この武器を利用して弾を撃つのは国民である。有効に使われればこれに優る喜びはない。
自公“合体”政権に突きつけた“果たし状”
読者がこの稿を目にするとき、国会情勢は極めて緊迫しているであろう。自公“合体”政権はのたうち回っているであろう。白公連立の経過を最初からみてきた者にとって、それは自業自得の何物でもない。長年の悪行の故に、自公“合体”政権は断末魔である。だが、同情に値しない。“地に落ちた犬は叩け”だ。
一方、民主党を中心にする野党も、マスコミや世間が思うほど楽な状態ではないと思っている。悪業のつよい自公“合体”政権が簡単に政権を手放す筈がない。厚顔無恥な彼らは、どんなに汚いことでも平気でする。油断大敵である。
さらに言わせてもらうならぱ、新しい政権を作り上げることが簡単であっては為にならないのである。もがき苦しみ必死に戦ってこそ、新しい政権は国民の期待に応える力量を身に付けることができるからである。政治家には、甘やかしなど無用なのである。
麻生首相や自公“合体”政権は、この期に及んでも今なお国民を砥めている。誤魔化しや張ったりや手練手管で国民を編そうとしている。昨年の参議院選挙の時の安倍首相がそうであった。製された振りをしていればよいのだ。国民は、参議院選挙と同じように自公“合体”政権を歴史的大敗に追い込めばよいのだ。そうなることを切望している。
このたび上梓した『自公連立解体論」は、私が自公“合体”政権に突きつけた“最後の果たし状”である。いつまでも自公“合体”政権などに惑けていられないのだ。自公“合体”政権はわが国をずたずたに壊してしまった。これを修復し、新しいことに着手しなければならないからである。