オリンピックが中国を変える。
08年08月19日
No.905
夏期休暇明けの白川勝彦法律事務所は、凄まじい忙しさだった。私も午前中から面談やら電話に忙殺された。仕事が終わり、事務所を出たのは夜10時ちょっと前だった。事務所のスタッフはまだ仕事に追われていた。「今日中にどうしても済ませておかなければならないことを終えたら帰るように」と言っておいたが、果たしていつ帰宅したのだろうか。
北京オリンピックもあと1週間になったという。陸上競技の決勝が次々と行われている。感動的な出来事が毎日起こっている。それをいちいち書くことは私には無理である。だいいちオリンピック放送を観る時間が私にはほとんどない。せめて夜のニュース報道のダイジェストを観れるくらいだ。私は世界陸上も大好きである。だから、何人か知っている選手もいる。昨日の試合で優勝した1万メートルのエチオピアの“ベケレ”選手と女子棒高跳びのロシアの“イシンバエワ”選手も私が好きな選手である。二人とも予想に違わぬ素晴らしい優勝を飾った。イシンバエワは世界新記録で2連覇に色を添えた。
シンクロナイズド・スイミングも始まった。私の大好きな競技である。フリーの演技で日本は第3位だった。ロシア、スペイン、日本の成績はどの大会でも同じだ。それぞれの国が鎬(しのぎ)を削って争っているのだが、このところその順位が変わらないのが不思議である。この3カ国は、意地でもその地位を譲れないと頑張っているのだろう。観ていると美しい種目だが、女の意地を懸けた厳しい練習を続けているのだろう。
中国の金メダルの獲得数は、昨日で39個になったという。ひとつの国で獲得した金メダルの数は、過去最高になるだろうと言われている。オリンピックの開催国が金メダルの数にこだわるのは珍しいことではない。中国の体制を考えれば、それが特別であったとしても不思議ではない。まさに中国は国家の威信と誇りを懸けて北京オリンピックの成功と勝利に懸けている。そんなことは当り前のことである。私はそんなことをいちいち論評しようとは思わない。
私がいちばん注目している点は、北京オリンピックの成功が中国人民に大きな誇りと自信を与えていることである。それは中国政府の思惑を超えていると私は思っている。オリンピックで繰り広げられる選手の姿は、それぞれの選手の国の政治的思惑など超えている。人間がぎりぎりの限界で争う闘いには、政治的思惑など入り込む余地はない。だから人種や国籍を超えて世界の人々に感動を与えるのだ。中国が金メダルを過去最高を獲得したとしても、それは13億の民がいるからなのである。政府の力などではない。まさに人民の力なのである。
北京オリンピックが成功したとしたら、それは中国人民のまさに協同した力の勝利なのである。世界の人が多く集まれば集まるほど、中国人民は世界の人々の赤裸々な姿を見ることになる。北京オリンピックを成功させた中国人民は、世界の人々の真の姿を見ることになる。中国政府の姑息な情報操作など空しい。中国政府の威信を懸けた盛大な北京オリンピックが、中国人民を変えているのである。大きな作用があれば、大きな反作用がある。確か毛沢東が著書『運動論』で教えているところだ。北京オリンピックが成功すれば、中国は否応なく変わる。中国人民が変われば、中国社会は否応なく変わらざるを得ないのだ。私はそのことをじっくりとみていこうと思っている。
それでは、また。