“末世”考
08年04月12日
No.770
季節は行きつ戻りつのようだ。今日はまた雨のところが多いようだ。胃の具合は相変わらず良くない。お粥ばかり食べている。どうも腹に力が入らない。腹に力が入らないと熱の篭もった演説はできない。これは書くのも同じである。道路特定財源の一般財源化やチベット問題など書きたいことはあるが、今日は勘弁させていただく。
月刊誌『フォーラム21』の巻頭言「閻魔帳」に“諸悪の根源としての公明党”という小論を認めた。また即写寸言に“東京の地下鉄事情”を書いた。いずれもWebサイトにupdateしておいたので、まだクリックしていない人は今日の永田町徒然草に代えてぜひお読みいただきたい。
政治の現状は、本当におかしい。昔の人ならばきっと“末世”と呼んだであろう。こういうとき、昔の人は仏にすがった。私たちは仏にすがるわけにはゆかない。私たちは自らの力で末世を終わらせなければならない。それが民主主義社会における私たちの置かれている立場だ。辛(つら)いといえば辛いが、救いは自らの中にあるのだ。チベットの人たちを思えば、私たちは諦めてはならない。諦めたとき、地獄は続く。
それでは、また。