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暮らしを、人としての権利を、まもる ─ 白川勝彦法律事務所

忍び寄る警察国家の影

※この小論は、「白昼堂々、4人組が!」と題して3回にわたり永田町徒然草に連載した職務質問を受けた体験と法的問題点をまとめたものです。小さな一事ですが、このことに潜んでいる問題は極めて大きなものです。自由な社会を作ることを使命とする自由主義者にとって、絶対に等閑にできない問題です。永田町徒然草で一度お読みいただいた方も、ぜひもう一度お読みいただければ幸いです。

★ちょっとむさい格好で渋谷に

私が新潟県中越地震の視察から東京に帰ったのは11月8日の午後でした。風邪気味だったので、東京に帰ることにしたのです。帰る途中から容態は悪くなるばかりでした。これは仕方ない、いい子になって寝るしかないと覚悟しました。風邪薬を飲んで、厚着をしてベッドで寝たのですが、だんだんひどくなるばかりです。1日も休めば治るだろうと思ったのですが、なかなか治らず丸4日寝込んでしまいました。

11月11日、午前6時過ぎに私は目覚めました。体調は昨日よりはいくぶん良いものの、依然として本調子とはいえない状態でした。昨日の夕食にお粥を食べただけですから、お腹が空いていました。食べるものは食べないと風邪も治らないので、家内が用意してくれたお粥を食べました。食欲はありましたし、美味しくいただけました。昨日もほとんど寝ていたのですが、ベッドで横になるとまた眠れるのです。これが病気ということなんですね。

4時間くらいぐっすり眠りました。10時ころ目が覚めました。下着がまたびっしょりと濡れていました。これを脱ぎ捨て、新しい下着を身に付け、外出着に着替えて、私は渋谷に向かいました。3日間も風呂に入っていないので髪は乱れていまし、髭ものびていました。ですから、普段は地下鉄なんですが、むさ苦しい格好なのでタクシーで行きました。どうしてもその日に振込まなけければならない用件があったからです。

★4人組がグルリと取り囲む!

タクシーを降り、2箇所の金融機関に寄り、振込みを済ませました。熱のためでしょうか、すごく喉が渇いていました。バニラシェイクを飲みたくてなって、馴染みのモスバーガーに行こうと歩いているその時でした。何処となくきた厳つい格好をした4人組に、私はいきなりグルリと囲まれました。私は、反射的に両手を入れていたベストのポケットから手を出し、身構えました。タバコとライターが左手に、右手にはライターがありました。4人組はズボンのポケットを中のものを見せてくれというやいなや、私のズボンのポケットの上を強く触ってくるのです。一瞬何が起きたのか、状況を把握するのに時間がかかりました。私が4人組の襲撃を受けたのは、ハチ公前交差点から100メータ―ほど道玄坂を登った広い歩道で、通行人も多いところでした。

白昼堂々、突然4人組にグルリと囲まれ、いきなりズボンのポケットの中にあるものを見せろといわれて、身体検査よろしく体に強く触られたのです。私は腕に自信にあるわけではありませんが、「お前たち一体何なんだ、冗談じゃない」といって突き飛ばすなり、ぶん殴りたくなりました。でも、幸いにも私は冷静さを少し残していました。それをやったら、彼らの思う壺だと判断する思考能力が、働いていたのです。

そうなのです。私を白昼堂々襲ってきた4人組は、警察官だったのです。少しむさ苦しい格好だということは自覚していました。だからといって警察官の職務質問を受けなければならない状況ではないということは明らかでした。それも質問などというものではなく、いきなり4人にグルリと取り囲まれ、ズボンの左右のポケットと財布の入っている後のポケットを、4人の屈強な男に交々強く触られたのです。彼らが制服を着ていなければ、反射的にこれを突き飛ばすなり、殴り飛ばすなりして、私は自分自身を守ったでしょう。しかし、この自然な行動を私がとれば、彼らが待ってましたとばかり公務執行妨害で私を逮捕することは、火を見るよりも明らかです。私は、弁護士である自分に戻っていたのです。

★執拗に身体検査をしようとする

私は、私のズボンのポケットを上から強く触ろうとする彼らの手を払いながら、大きな声でこういいました。

「君たちは何で私のポケットの触るのだ。何で君たちにポケットのものや財布を見せなければならないのだ」

彼らの中でいちばん歳をくった男がいいました。

事件当日の私の服装です。まあ、お世辞にもダンディとはいえませんが、見るからに犯罪者という風体でもないと思いますがねぇー。ベストを着ていたのは、風邪のために悪寒がしていたために、厚着をしていたのです。私が立っているところが、事件現場です。私はここで4人組にいきなり取り囲まれたのです。どっちから4人組が私を襲ったのか、私はいまでも分りません。その位、いきなりのことでした。 「あなたは、いま手を入れていたチョッキのものは、見せてくれたじゃないですか。怪しいものをもっていないのならば、ズボンのポケットの中のものも見せなさい。なぜ、見せられないのですか。見せなさい。財布を出しなさい」

そういいながら、執拗に私のズボンのポケットに触ってくるのです。私はだいぶ冷静になってきました。この手を払いのけることは正当防衛的な行動ですから、公務執行妨害にはなるまいと思いながら、強く払いながら大きな声でこういいました。

「私は、見せる気がない。何で財布まで見せなければならないんだ」

それでも、この4人の警察官は、ズボンのポケットの中を見せなさい、財布を見せなさいといって私を取り囲み、そこを動こうという私の自由を完全に奪っているのです。そして、こりもせずに何度も何度もズボンのポケットの上を強く触り、中のものを確かめようとするのです。「何で触るんだ」と詰問すると、「触るのは職務質問として許されているんだ」と開き直るのです。正確な時間はこういう状況ですから分りませんが、おそらく3〜4分くらい激しく揉み合い、いい合いました。

★「怪しいものがないのなら、見せなさい」

私はこういうことをしながらも、次第に極めて冷静になってきました。そして、本当に空恐ろしいものに遭遇した自分に気付きました。私は弁護士ですし、また国家公安委員長をしましたので、職務質問の有用性も問題性もよく知っています。しかし、いま私が受けていることがこの職務質問であるとしたならば空恐ろしいことであり、曖昧に済ますことはできないと思ったのです。怖いというのは、警察官が怖いということでは、もちろんありません。こんなことが職務質問として行なわれていることが、空恐ろしく思えたのです。こんなことは許されてはならない、ここはじっくり勝負しようと、私は考えはじめたのです。今度は「こっちの方が執拗に食い下ってやろう」と覚悟を決めました。

私は、なぜ私のポケットの中を見せなければならないのか、何度も何度も聴きました。彼らの答えは、「怪しいものがないのなら見せてください。見せられないのは、怪しいものをもっているからじゃないですか」というのです。「なんで私の体に触るんだ」と聴くと、触るのは許されているというのです。いくら見せなさいと言われても、見せるつもりは私にはもうまったくありません。身体検査的に私の体に強く触ることは、職務質問として許されないことなので、これも絶対に許すつもりはありませんでした。

「ポケットの中の物を見せなさい、財布を見せなさい。なぜ見せられないのですか。ますます見なければなりません。体に触るのは、許されているのです。弁護士さんに相談するという人もいますが、弁護士さんに警察官にいわれるとおりにしなさいといわれて、皆さん協力してくれるんですよ」

こんなことをいいながら、彼らは少しも態度を変えないのです。囲みを解こうともしません。正直いって私の我慢も限界に近づきつつあったのですが、無理してこの囲みを解こうとすれば、彼らが公務執行妨害として私を逮捕することは明白でした。人通りのある中、こんなことを10分以上繰り返しておりましたが、埒があかないことは明らかでした。彼らの言葉や行動は、棒を飲んだようにまったく変わらないのです。

私は、別にズボンの中に何も怪しいものなど持っていませんでした。家の鍵と小銭が入っていただけです。なぜ財布を見せろといったのか理解に苦しみますが、財布には4万ちょっとの現金と免許証と病院の診察券、それにパスネット(地下鉄のプリペイドカード)があるだけです。先ほどの振込みの控もありましたが、見られたからといって別に困るほどのものでもありません。ですから、私が素直に見せればそれで終ったかも知れません。また、それで終らせるのが賢明なやり方かも知れません。しかし、私にとって、これはもうそういう問題ではなくなっていたのです。こんなことがまかり通っていたのでは、自由も人権もあったものじゃないと私は考えていたのです。彼らも、よりによって変な人物に関わってしまったものです。

★警察署か交番か

ハチ公前交差点から、道玄坂方面に行く歩道。商店や映画館がある、渋谷の有名な通りのひとつです。私は、このような人ごみの中を歩いていました。 人通りの多い渋谷の歩道で、「見せろ、見せない」「触るな、触るのは許されているんだ」ということを15分くらい繰り返していました。遠巻きに時には人垣もできましたが、それは近くの信号待ちの時間だけでした。皆、関わり合いたくないのでしょう。本当は、誰のために鐘が鳴るなんですがね。

どうやって局面を変えようかと考えました。彼らの言動は何度もいうようにまったく変わらないのです。局面を変えることは、極めて難しい状況でした。ですから、私は、ひとつのカードを切ることにしました。

「私は弁護士だ。いま君たちがやっていることは、警職法では許されることではない。君たちのやったことを私は署長に訴えなけれならない。だから、まず君たちの認識番号を押さえておかなければならない。君たちの認識番号を書く。私はいまボールペンを持っていないから、貸してくれ」

私はタバコの包み紙に4人の胸にある認識番号を控えました。彼らは素直にボールペンを貸してくれ、番号も見せました。

「それでは、渋谷署に行こう。しかし、私はいま風邪をひいていて、いままでほんとに寝ていたんだ。歩いていくのはちょっとシンドイので、タクシーで行く。君たちも乗っていいから、一緒に行こう」

こういって、タクシーを拾うために反対側の車線に行くために近くの信号に渡ろうとしたのですが、4人組はこれを体を張って妨げるのです。そして「ここじゃなんですから、交番に行きましょう」とさかんにいうのです。私は彼らと話すつもりもありませんでしたし、彼らと話しても何にもならないことですから、まったくとり合いませんでした。ですから、状況は先程とまったく変わらないのです。

今度は「渋谷署に行く。署長と話をする」と私がいい、「交番に行きましょう。交番で話を聞きましょう」と警察官が答えるといういう押し問答を同じ場所でまた10分くらいしました。そうこうしている時、私は顔見知りの人を見かけましたので、ちょっと呼びました。彼は来てくれてました。私は事の次第を話して、「私が警察署へ行こうというのに、彼らが納得しないんだ。どう思う」とあえて周りの人にも聞こえるように大きな声でいいました。そして、数人が見ていることを確認して、私はタクシーを拾うために囲みを振り切って道路を渡りました。タクシーを拾って警察署に行くために多少強引に4人組の囲みを破っても、公務執行妨害で逮捕することはできないという状況と証人を作っての行動でした。

★タクシーかパトカーか

とにかく20分くらい同じ場所で4人にグルリと囲まれていた状態から、私は道路の反対側に移ることがようやくできました。しかし、4人の警察官が私をグルリと取り囲んでいるという状況はまったく変わりません。私には逃げるつもりなどまったくありませんでしたが、タクシーを止めてこれに乗り、渋谷署に行くことは4人に完全に阻止されていました。こんな状態ですから、第一タクシーが止まってくれません。1、2台は止まってくれたのですが、私が乗り込むことができないので、そのまま先に行ってしまいます。私の行動の自由は、事実上奪われているといってもいいのでしょう。私が彼らの職務質問から解放され、自由にどこかに行くことができなかったことはいうまでもありません。

こんなことを10分くらいしているうちに、彼らも私を交番に連れて行くのはさすがに諦めたようです。後はどうやって渋谷警察署に行くかという問題です。渋谷署は、いま私たちがいるところから1キロメートルくらい離れたところにあります。私は警察署長に会って、彼らがやったことを包み隠さず話し、反省してもらいたいから警察署に行くつもりですし、本気なのです。逃げる気など毛頭ありませんし、いまさら解放されても私は渋谷署に行くつもりでした。いくら彼らがそれは勘弁してほしいといったって、今度は私の方に譲る気がないのです。

渋谷署に行こうというのですが、今度はその方法が問題になっているのです。

「私は、いま風邪をひいているので、渋谷署まで歩いていくのは正直にいってシンドい。だから、タクシーで行く。君たちも乗ってもいい。もちろん、お金は私が払う。なんでこれがいけないのか?」

「それはできないのです。私たちはタクシーには乗れないのです。パトカーを呼びますから、それで行きましょう」

こう繰り返すだけなのです。パトカーならタクシー代は確かにかかりません。「理不尽な職務質問をさんざん受けた上、パトカーに乗せて下さる!? 冗談じゃない!よくも平気でそういうことがいえるものだ」とさすがに腹が立ってきました。

「冗談じゃない。パトカーなんかにのれるか! 私はタクシーで行く」というと、「私たちはタクシーには乗るわけにはいかないのです。それでは、歩いて行きましょう」というのです。私は、風邪がひどくやっとベッドから這い出てきたのですから、1キロちかくある渋谷署まで歩いていくのは本当にシンドいのです。このことを何度話しても、彼らの答えはまったく同じなのです。

タクシーかパトカーか、車でいくか歩いていくかの押し問答です。こんな押し問答を5〜6分、車がひっきりなしに通る交差点の路上で行ないました。交差点ですから、信号が変わるたびに多くの人が通ります。私だって、こんなことをしているのは嫌になってしました。だからといって、パトカーを差し向けて下さるというご好意を受ける訳にもいきません。また歩いていくのは、シンドいのでOKという訳にもいきません。どうして、こんな石頭を相手にしなければならないんだろうと苛立ってきました。

★警察官に付き添われて渋谷署へ

彼らもさすがに参ったのでしょう 。4人組の一人が無線で上司と相談しれいるようでした。間もなくして許可が下りたらしく、私がタクシーに乗っていくことを了承しました。手をあげてタクシーを止めました。一人が前に乗り、もう一人が私の側に乗らせてもらいますというのです。そんなことは、最初から私は当然のこととしていましたので、許可するもしないもないのですが、逆に私はこういいました。

「後に二人乗らなくていいのか? 君たちは私がタクシーに乗って、怪しいものをタクシーの中に置いていく危険があるから、タクシーはダメだといったんのだろう。私の左右に二人乗ればいいじゃないか。お金は私が払うから」と同乗を勧めたのですが、「いえ、それはいいんです。逮捕ではないんですから」といって、一人だけが私の左側に乗りました。

彼らも状況が少し変だなと気付きはじめたようです。いままでに比べると態度がだいぶ丁寧になってきました。言葉使いも丁重になってきました。車がけっこう混んでいましたので、1キロ足らずの距離でしたが10分以上はかかったのではないでしょうか。車中で、

「君たちはいつもあんな風な職務質問をするのか? 日本という国も恐ろしい国になったもんだなぁー。困ったことだ」

といいますと、

「私たちは、この渋谷の治安を守らなければならないのです。拳銃を持っている者もいれば、薬物を持っている者もいるのです。ですから、職務質問をして未然に犯罪を防止しなければならないのです」

というような趣旨の話をさかんにするのです。

彼らをこれ以上責めても、悪いことをしているという認識がないのですから仕方がないと思い、私は取り合わないことにしました。彼らと30分ちかく押し問答する中で、彼らが今日私にしたことを正当な職務行為だと信じ切っていることはよく分りました。私がいくら彼らにいって聞かせても、彼らが私のいうことを聴かないことは明らかです。私は、このような職務質問をさせている警察署長に現状を話し、これを改めさせるために渋谷署に向かっているのですから。途中で私は、警察署にタバコ販売機があるかどうか聞きました。もしなかったらタバコを買っていこうと思ったからです。丁度、タバコがなくなっていたのです。けっこう長引くだろうから、タバコはいるなぁと思ったのです。

★何とか課長さんの登場

車は、渋谷署に着きました。代金を払い、署内に入りました。私は、入り口の近くの部屋に案内されました。取調室ではないようですが、応接室としては味気ない小さな固いソファが一つだけ置いてある広い部屋でした。まずはタバコを確保しようと思い、自動販売機はどこかと聞いたところ、買ってきてくれました。灰皿がなかったので「ここは禁煙か」と聞くと、床に置いてある大きな吸殻捨てをもってきてくれました。ドアを閉めないので、出入りする人が見えます。

タバコを吸って待っていると、何とか代理という人が出てきました。私は、署長としか話すつもりはなかったので、応対する人には興味ありませんでした。ですから、あえて肩書きには関心がなかったので、その警察官にも失礼ですが、申し訳ありませんが「何とか代理さん」としかいえないのです。

私は、その何とか代理さんに「今日私が職務質問を受けたことで、署長にいいたいことがあるのできました。署長にお会いしたい。私は国家公安委員長をしたことがある白川勝彦です」と告げました。何とか代理さんは、私を知らないようでした。また、国家公安委員長というのもよく知らないらしく、都の公安委員ですかとか、国家公安委員ですかとかいって、何度も書きかえていました。「私が平成8年9月から翌9年9月まで、国家公安委員長をしていた白川勝彦だということ。その白川が署長に会って話をしたいので、取り次いでもらいたい」旨を丁寧に説明しました。

よく分ったのか分らないのかしれませんが、その何とか代理さんは退席していきました。その代わり、今度は何とか課長さんという人が出てきました。張り切って出てきたその人には失礼ですが、私は署長と話すつもりしかありませんでしたから、その課長さんの肩書きにはまったく関心がなかったので、この人もまた「何とか課長さん」としかいえないのです。その何とか課長さんは、何とか代理さんから変な風体をした公安委員長と称する者が来て、署長に会わせろといっているといわれて、こんな者は追い払わなければならないと思って張り切ってでてきたのだと思います。最初からいやに肩に力が入っていました。

しかし、私が会いたいのは署長だけですから、誰が出てきても同じです。私は先の何とか代理さんにいったと同じように、国家公安委員長をした白川勝彦であること、今日職務質問を受けたことで署長に話をしたいので取り次いでもらいたいといいました。そしたら、その何とか課長さんの返答がふるっているのです。

「国家公安委員長は、どうやって任命されるのですか。どういう仕事をするんですか」というのです。そんなことをどうして聞くのかと思ったのですが、要は私がかつて国家公安委員長をした白川勝彦だということを信じられないのでしょう。住所はどこですかとか、そのときの総理大臣は誰ですかなどと執拗に聞くのです。しかし、何とか課長さんがどう思おうと、私がかつて公安委員長をした白川勝彦であることは間違いない事実ですから、仕方ありません。

彼が私をどういう素性の人物だということを知らなかったのか、あるいは知っていてもこういう問題で署長に会わせることはできないと思ったのか不明ですが、一向に署長に取り次ごうとしません。そして「もし、あなたが国家公安委員長をした人ならば、警察官を苦しめるようなこんなことはしないはずだだ」とか何とかいうのです。今度は、私が国家公安委員長をした白川勝彦であるかどうかが、押し問答の中心的なテーマとなりました。15分くらいこんな押し問答をしたでしょうか。彼の言わんとすることを要すれば、署長に会わせる訳にはいかないということです。だったら、もうこの何とか課長さんと話をする必要はありません。

★副署長さん現る!

「分かった、もう、あなたに取次ぎは頼まない。直接私が面会を申し込む」といって、私はその部屋を出ました。別に制止はありませんでした。もし、私がそのまま警察署を出ようとした場合、彼らは制止したかどうか? それは分りません。制止はしなかったのではないかと私は思います。その証拠に、私についてきませんでしたから。何とか課長さんにしてみれば、なんとも得体の知れない人物には、早々に立ち去ってもらいたいというのが本音だったのではないでしょうか。しかし、今度はこっちがこのまま引き下がる訳にはいきません。何としても今日私が受けたことを署長に知らせ、このようなことが行なわれないようにすることが私に与えられた任務であると確信し切っているのですから。

その部屋を出たところに、渋谷署のカウンターがあり、そこに「総合受付」というところがありました。そこで、署長への面会を申し込もうと思い、話はじめようとすると、件の何とか課長さんはあたかも大事件のように「受付はあっちです、あっちです」といって、入り口のカウンターを示すのです。それなら、「総合受付」というのは一体何なんだといいたくなります。しかしいまはくだらないことでクレームを付けられることではなく、署長に面会することが先決ですから、入り口のカウンターで求められた申込書に必要事項を書いていました。すると遠くのほうから大きな声で「白川先生!白川先生ではありませんか」といいながら、誰かが駈け寄ってきます。一体、何処のどなただろうかと思いました。

「私は、昔、警察庁の政府委員室にいた○○です。いまここで副署長をしています」といって、私を先程の部屋に引き戻しました。正直にいって、私は彼を知りませんでした。彼が政府委員室にいたのは、平成7年までだそうですから、私が知らなくても不思議ではないのです。私が国家公安委員長を務めたのは、平成8年から9年ですから。

事情は、すでに部下から聞いていたのでしょう。彼は警視庁の警察官ですが警察庁に出向し、政府委員室という国会対策をするところに勤務していた関係で、私を知っていたのでしょう。人定ができた以上は、それなりの対応をしなければならないので、出てきたのだと思います。その証拠は、「一体何があって、いま私がここにいるのか」ということについて、まったく質問がでなかったことです。そして、今日起こったことには多少問題もある、ということも承知していたのだと思います。

この人柄のよさそうな副署長は、政府委員室に勤務していた時や、私の国家公安委員長時代の話をし、私を誉めてくれるのです。だからといって、私はそれに気をよくしてそのまま帰る訳にはいかないのです。私はまずお茶を所望しました。バカバカしい押し問答を相当長いことやっておりましたので、喉が乾いていたのです。お茶を飲みながら、私は改めて事の顛末を詳しく副署長に話しました。そして、これはよくないことなので、ぜひ是正しなければならないといいました。さらに、このことを署長にもちゃんと伝えるようにいいました。彼から特に反論はありませんでした。

★罰としての長説教

最後に、私は副署長に「現場にいた4人でいちばん階級の高いものを呼びなさい」といいました。勘違いしたのか、警邏(けいら)の現場の上司と思われる警察官がきました。私は実際に職務質問した警察官に話したかったので、彼らの中で一番階級の高い者を呼びなさいと,、再びいいました。4人組の中の一人がきました。君がいちばんの上司なのかと聞いたところ、階級は同じだが年齢が一番上だということでした。彼の上司には後ろで聞いてもらうことにして、彼と副署長に対して、私はこういいました。

「今日の職務質問で一番問題だったことは、ズボンのポケットの中のものを見せなさいといって、ズボンの上から強く触ったことである。見せる見せないは、あくまで私の意思でやることであって、これを強制する権限は君たちにない。『怪しいものがないのなら、見せてもいいじゃないですか』と君たちは執拗にいったが、それは根本が違うのだ。自由主義社会というのは、国家からの自由も、できるだけ保障する社会なんだ。私は自由主義者として、そういう社会を作ろうとして努力してきたのだ。怪しいものを持っていないのなら見せなさい。見せないからといって、怪しいものを持っているからだろうと疑うことは、とんでもないはき違いなのだ。ここのところを、よく分ってもらいたい」

「君たちの中では、一体、誰が一番の大将なんだ。誰が現場において臨機応変な措置をすることになっているんだ。犯罪の現場だろうが、今日のような警邏であろうが、一つひとつの現場は決してマニュアル通りにはいかないのだ。そこで、経験と臨機応変さが必要になるのだ。私は国家公安委員長時代、これからは“はぐれ刑事純情派"の藤田まこと(正式には、安浦刑事)のような刑事を大切にしていかなければならないといい、そのよう制度を作らせた。それは、そういうことをいいたかったのだ。それなのに、今日の君たちの対応は一体なんだ。石頭すぎる。副署長、これは、このような編成で警邏させる方に問題があるんじゃないかな」…などなど。

例によって、私の長演説に付き合ってもらうことになりました。しかし、長い間私の自由を奪い、また私の名誉をいささか傷つける行為をしたのですから、このくらいは我慢してもらっても罰は当たらないでしょう。最後に私はこう付け加えました。

「今日、私が体験したことは、私のWebサイトに書くつもりだ。君たちもインターネットを見るんだろう。どう書くか、ぜひ見てもらいたい」

副署長は「今日のことはこれ限りにしてほしい」と頭を下げました。人のいい彼には申し訳ないことですが、私はこれには応ずることはできませんでした。私の体験は貴重であり、また空恐ろしいことであり、こんなことを野放図にしてはならないと思ったからです。これは、もう私の不動の信念となっておりましたから。

★自慢話ではないのです

「白昼堂々、4人組が!」などと大仰な見出しにもかかわらず、こんなことに過ぎないのか、大騒ぎする程のことじゃないではないか、という人もおられるかもしれません。しかし、私が経験したような状況の中で、私と同じ行動を取れる人が、果たしてそんなに多くいるでしょうか。私は弁護士です。私は政治家です。私は国家公安委員長をしました。また私は熱烈な自由主義者です。そんな私だから、ここで詳しく書いたような行動を取れたのだと思います。

私は自慢話をしているのではないのです。自慢話なら、もっと別の行動でなければなりません。非礼かつ無法な4人組をちぎっては投げ、ぶっ飛ばしたというような話でなければなりません。実際のところ、あまりにもしつこいものでしたから、突き飛ばして4人組の囲みから脱出しようと何度も思いました。しかし、そんなことをすれば彼らの思う壺だと思ったから、やらなかっただけです。私は狡猾だっただけなんです。考えてみれば、こんな意地悪な人物に目を付けてしまった4人組こそ、災難だったのかもしれません。

警察官に取り囲まれ、見せろ見せないなどといって揉み合う姿は、決して格好いいものではありません。東京の繁華街ですから、顔見知りの人はあまりいませんが、それでも私を知った人がいたかもしれません。名誉な光景では決してありません。だったら、素直に彼らのいうことを聞いていればいいじゃないかという人がきっと多いでしょう。確かに、そうしても私は困るようなものを持っていた訳ではありませんから、直ぐに無罪放免になっていたかもしれません。しかし、自由主義者の一人として、それだけは絶対に認めることはできません。

いずれにしても、私と同じような行動を取れる人の方が少ないと思うのです。それが彼らの狙いで、職務質問ということで、本来は許されないことを平気でドンドンやっているのでしょう。テロとの戦争また治安の維持ということで、こうしたことが平気で罷りとおる社会的風潮だと思います。アメリカでは、9・11以降、アラブ系の人々などに対して、憲法で保障された人権をまったく無視する違法なことが行なわれていると聞いています。何でもアメリカ追随の日本ですから、こうなっても不思議ではないでしょう。しかし、そんなことは、絶対に許してはならないのです。

私としては、できるだけ忠実に私が体験したことを永田町徒然草に書いたつもりです。別に誇張をしなくても、十分に問題のある(私にいわせれば、違法な)職務質問でした。しかし、私は一方の当事者です。しかも、かなり緊迫した状況の連続でしたから、客観性を欠く惧れはあるでしょう。ですから、私は、もう一方の当事者である4人の警察官に、釈明なり、反論の機会を保障しました。若い警察官ですから、インターネットくらいは見れるでしょう。また、私は今回のことをウェブサイトで書くからとちゃんといっておいたのですから、見ているでしょうし、見ていないようじゃ困ります。

私が書いた事実に釈明なり、弁明や反論があったら、Eメールで私宛てに送ってくれれば、そのまま掲載することを約束しまました。もちろん、それに対する私の再反論の権利は当然のこととして留保しましたが。また彼らの上司であり、直接の責任者である渋谷警察署長の釈明や反論も同じです。さらには、今回の私のクレームをどう受け止め、どのような措置をとったのか、これはぜひお伺いしたいところでもありました。しかし、2004年12月1日現在、メールは届いていません。

★Due Process Of Law の精神

警察官というのは、名刺を出さないんですね。私が会った全部で8人の警察官の中で、私に名刺をくれたのは副署長さんだけでした。彼が私にくれた名刺にある標語が「好きだから 正義で守る この街を」でした。警視庁全体のものか、渋谷署だけの標語かは知りませんが、おおいに結構なことです。

しかし、正義とは何か。ここで問題になるのは、Due Process Of Law という考え方なのです。法の適正手続きなどと訳されますが、本来の意味はちょっと違うような気がします。国民の生命・身体・財産などに対する強制力の行使は、法が定める正当な手続きと方法に基づいて行なわれなければならないという、かなりポヂィティブな意味をもっている概念で、アメリカ法のもっとも基本的な理念のひとつです。

勝てば官軍とか、結果良ければすべて良しとか、長いものには巻かれろなどという言葉がある日本では、これはなかなか理解されない理念です。しかし、わが国が自由主義の国であるならば、絶対にないがしろにしてはならない理念なのです。今回私が遭遇した警察官には、この理念に対する理解がまったくないと断ぜざるを得ません。だからこそ、私は空恐ろしいと思ったのです。

Due Process Of Law は、正義です。特に警察権力の行使は、絶対的にDue Prcess Of Law の精神に基づいて行なわれなければなりません。わが国の警察権力や国家権力には、彼らが思っている程の信用はないのです。ですから、殊のほか Due Process Of Law が求められるのです。しかし、その自覚がもっともないのが警察官であり、検察官であり、官僚です。ですから、ちょっと油断するとわが国は、警察国家になり、官僚王国になってしまうのです。「権利のための闘争」…ドイツの法哲学者イェーリングの有名な言葉です。この“権利のための闘争"というビヘイビィアこそ、自由主義者としての私の発想と行動の原点です。

全体的国家では、人権など保障されません。国家は神聖かつ絶対な存在であり、国家の犯罪などという概念は、最初からありません。こういう社会では、国家の人権に対する犯罪は一般的であり、日常的に行なわれます。しかし、最低限の生存すら保障しえない北朝鮮は国民から見放されて、“脱北者"を多数生み出しています。こうした北朝鮮の現状を私たちは、不幸な他国のことといえるのか? といいたいのが、今回私が受けた職務質問なのです。

私が受けたような職務質問が公然と許されるようになれば、わが国は早晩警察国家となるでしょう。犯罪は現在よりも摘発が楽になるでしょう。治安も多少は良くなるでしょう。だが、私たちの人権は確実に侵され、私たちは国家に対して従順に生きていかなければなりません。テロとの戦争ということで、イラク国民を十数万人も殺したアメリカを公然と支持する小泉首相が率いる国家に、私たちはどうして従順に従わなければならないのでしょうか。私に対してあのような石頭的対応しかできなかった警察官のやることを、私たちはどうして素直に受け入れなければならないのでしょうか。少なくとも私はそういう社会には住みたくありません。日本をそんな国にはしたくないのです。

★職務質問の要件

警察官職務執行法(以下、警職法といいます)は、第2条において次のように定めています。

「第1項 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行なわれた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問をすることができる。 第2項 その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問をするために、その者に付近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。 第3項 前2項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。 第4項 警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。」

以上が、職務質問といわれることに関する規定です。それほど、難しい条文ではありませんから、普通の人でも理解できると思います。職務質問に何かと問題があることを知っている方は多いと思います。この規定を読めば、4人の警察官が私に行なった職務質問は明らかにおかしいということを分っていただけると思います。私は弁護士ですから、若干説明を付け加えましょう。

まず、どういう者に対して職務質問が許されるのかということですが、次のような者に対してできるのであって、誰に対してもできるというものではないのです。

  1. 異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、何らかの犯罪を犯し、または犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者
  2. 異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、既に行なわれた犯罪について、または犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者

Aは、犯罪を犯し、または犯そうとしている者です。しかし、ただ警察官がそう思っただけではいけないのであって、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、そう疑うに足りる相当な理由」が必要なのです。「現に罪を行い、または現に罪を行い終わった者」は、現行犯人として逮捕することができます(刑事訴訟法第212、213条)。現行犯逮捕は犯罪を行なったことが明らかである場合にだけ許されます。

4人の警察官からみて、私の挙動のどこが異常だったのか、そして私がどのような犯罪を犯しまたは犯そうとしている者と疑ったのか、これはぜひ聞いてみたいところです。警察署に行くタクシーの中で、ひとりの警察官が、「私が彼らを見てこれを避けようと通路を変更したから」といっていました。私は彼らをまったく認識していません。ですから、これを避けようとして進路を変更したこともありません。一体、私のどこの所作を指しているのかも分りません。百歩譲って、仮にそういうことがあったとしても、それだけで「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、そう疑うに足りる相当な理由」があったとすることはできないでしょう。

Bは、既に行なわれた犯罪について、または犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者に対して行う職務質問です。この場合にも、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」という条件が必要だと記されています。すなわち、問題にされている犯罪との現場性が必要とされるということです。ですから、一般の捜査の聴き込みのことではないのです。このようなことが許されるのは、犯罪の現場における捜査上の必要性と現に行なわれる惧れのある犯罪の予防という観点から認められたものと思われます。

一体、私に対する職務質問が行なわれた現場の近くで、どのような犯罪があったのか、または行なわれようとしていたのか、私にはまったく分りません。そのようなことについて4人の警察官や渋谷警察署であった警察官から明らかにされてもおりません。ですから、私の場合は、このケースではないのでしょう。

★職務質問で許されること

さて、次は、「警察官は、停止させて質問することができる」ということです。これは、二つのことを警察官に許しています。「停止させることができる」ということと、「質問することができる」ということです。

これに基づいて、4人の警察官はグルリと取り囲んで、私を「停止させた」のでしょう。しかし、正しくは停止させることができるのではなく、停止することを求めることができるということです。それは、次の第3項の規定から導き出されます。

職務質問を受けた者は、「身体を拘束され、又はその意に反して警察署などに連行され、若しくは答弁を強要されることはない」と明記されているからです。屈強な4人で私を取り囲み、行動の自由を奪ったことは、事実上身体を拘束したと同じことです。もちろん手錠をかけるなどされた訳ではありませんが、この不当な拘束を解こうとして、私が彼らを強引に振り切ろうとした場合には、彼らは私を公務執行妨害として逮捕することは十分に予想されます。いや、待ってましたとばかりに逮捕したでしょう。ですから、私はこの不当な拘束に抵抗することも許されなかったのです。

「質問することができる」ということですが、これは文字通り質問「することができる」のであって、それ以上でも以下でもありません。改めて考えてみると、彼らは、一体、私に何を質問しようとしたのでしょうか。「ズボンのポケットの物を見せなさい。財布を見せなさい」というのは、果たして質問でしょうか。これは、そもそも質問ではありません。あえて質問といえば、「ベストのポケットの物は見せたのに、ズボンの中の物を見せないのはどうしてか?」ということでしょう。

私は、彼らにベストのポケットの物を見せたのではありません。私は、突然の襲撃に反射的に身構えるために、ベストのポケットから手を出しただけです。その時、ベストのポケットの中で手にしていたタバコとライターが一緒に出てきただけです。勘違いされては困ります。

そして、この質問には私はハッキリと答えました。「どうして、私が君たちにポケットの中を見せなければならないのだ」と。それは、「私は、見せるつもりはない。君たちは、私のポケットの中のものを見る権限はないはずだ」ということです。それに対する彼らの答えは、「怪しいものをもっていないんならば、素直に見せなさい。見せられないというのは、何か怪しいものでももっているのか?」ということを何十回も繰り返し、ポケットの上から中のもの確かめようとして何度も何度も強く触ったのです。4人のグルリとした囲みは、20分も続いたのです。これが「答弁の強要」でなくて一体何だというのでしょうか。

★身体検査は許されない

第4項に、「警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうか調べることができる」と明記されています。このような条件にかなわなければ、職務質問において、どのようなものを所持しているか調べるために、身体検査的なことをすることはできないのです。私は、職務質問で身体検査など許される筈はないと思っていましたので、「何で私の体に触るんだ」と抗議しました。すると、彼らは鬼の首でも取ったように、「体を触ることは許されているんだ」というのです。私は、現場の警察官に一体誰がこのように教えているのか、興味があります。いずれ調べてみたいと思っています。

以上が職務質問についての逐条的な解釈です。この職務質問については、制定当時から強い反対がありました。私はまだ小さかったので詳しく知りませんが、昭和20年代に数次にわたる警職法闘争といわれる出来事があったと、歴史で学びました。戦前の「オイコラ警察」に対する恐怖からだったのでしょう。そのせいでしょうか、警職法第1条第2項は、次のような規定をわざわざおいています。

「この法律に規定する手段は、前項の目的のために必要な最小の限度において用いるものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない」

警職法が定めた最大の手段こそ、職務質問なのです。したがって、「必要な最小の限度において用いるものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない」のです。少なくとも私に対して行なわれた職務質問は、濫用以外の何ものでもありません。

★偶然は2度続けて起きない

さいとうたかをの『ゴルゴ13』は、私が学生時代から好きな劇画です。もう30年以上も続いている連載漫画です。その中の名作のひとつに、「偶然は、2度続けて起きない」といって、正体不明なターゲットを暴き出す作品があります。私が体験した職務質問を単なる偶然とみるか、考えてみました。そして、たまたま私が粗暴かつ無礼(私にいわせれば違法)な職務質問に引っ掛かったのではなく、このような職務質問が一般的かつ日常的に行なわれていることの証拠だという結論に至りました。

私は、このことによって、何の被害もありませんでした。むしろ途中からしたたかな観察者としての目をもちながら、彼らと対峙し行動しました。これは、私が弁護士であったために、職務質問というものの限界をおおむね知っていたからです。しかし、一般の人々が同じような知識をもち、冷静に行動できるかどうか問うた時、そのような人がいたとしても、非常に少ないのではないかと考えざるを得ませんでした。Due Process Of Law の精神は、まだまだわが国ではそんなによく理解されていません。

わが国では、テロへの恐怖は、まだそれほど切迫感がありません。しかし、犯罪の多発化や凶悪化には、多くの人が恐怖を感じています。かつてのような日本の治安に対する神話は、もはやありません。当然のこととして、警察には、その責任が問われています。日本の治安を守るためまた犯罪を検挙するために、警察官がその職務を遂行する上で多少の強権をふるうのは仕方ないのではないかという風潮が強くなっていることは、容易に想像できます。

そういう中で、今回のような職務質問がなされたのでしょう。しかし、このようなことが許されるようになれば、日本という国はあっという間に警察国家となることは明らかです。警察国家になった時、その国の国民がどういうことになるか、これもまた明らかです。残念ながら、日本の警察にも、日本という国家に対して、私はそれほど楽観的になれないのです。そのような考え方は、決して危険思想でもなんでもありません。そもそも、自由主義というのは、権力への不信から出発した思想なのです。

★強い警察の条件

私は、国家公安委員長の時に、「国民に信頼される警察になれ」と口酸っぱく訓示しました。強い警察というのは、国民に信頼されてこそはじめて作られるものだという私の信念からです。それは、長いこと政治をやってきた私の経験に基づくものです。選挙をいつも戦っている政治家は、有権者の信頼があってこそ選挙もできるし、政治も行なうことができると、私はいつも思ってきました。威光や権限で選挙をやろうなどと思ったら、とんでもないことになります。

自民党というと政権党であるために、いろんな権限や人脈や利権があり、それ故に強いと思っている人が多いのですが、実はまったく違うのです。自民党の中にもそう思っている人が多いですが、それは間違っています。政党にとっていちばん大事なのは、選挙です。その選挙にそんな考えで臨んだら、まず負けます。自民党がいちばん選挙に強いのは、自民党に対する国民の信頼が強くある時です。それがないのに、政権党ということを嵩にきて、組織を締め付けたり、脅しをかけたりしても、選挙に勝つことはできません。私は党の総務局長をしながら、このことを嫌というほど味わいました。

警察だって同じです。警察が権限をもっていることは、当然です。それでは、権限があれば犯罪の捜査ができ、検挙率を上げることができるかといえば、そうはいきません。国民に信頼されない警察には、情報も集まらなければ協力も得られないからです。国民の情報提供や協力がなければ、犯罪の捜査といえどもその実をあげることはできないのです。それは、他の警察活動でも同じです。しかし、権限の塊ともいうべき警察組織の中で育った警察官は、意外にこうしたことを知らないのです。国民に恐れられる警察が強い警察だ、と勘違いしている人も結構いるのです。だから、私は「国民に信頼される警察になれ」ということを強調したのです。

あなたは、あなたに対して私が受けたような、粗暴かつ無礼な職務質問を平気でする警察官に好感を持てるでしょうか。好感をもてない警察に、国民は果たして協力するでしょうか。日本の警察は、彼らが考えるほど国民に好感をもたれていませんし、信頼もされていないのです。しかし、彼らはこのことに気がついていません。不幸なことに、そんなものは必要ないとすら思っている警察官が多いのです。強い警察を作るための根本が分っていないのです。残念なことです。このことを指摘し監理するのが国家公安委員会の仕事なのですが、この公安委員会がまたこのことを分っていないのです。悲しい現実です。 (了)

白川勝彦

イェーリング Rudolf Von Jhering 1818-1892 歴史法学の立場からローマ法を研究、さらに法を社会における目的や利益の観点から分析・研究する必要性を説いたドイツの法学者。主著“ローマ法の精神"“権利のための闘争"“法における目的"等。法は究極的に個人の権利を保障するものであり、権利とは利益であると考えて、その基本的な部分の考え方を「権利のための闘争」という言葉によって表わした。「法の目的は平和であり、それに達する手段は闘争である」 (ダス・ツィール・デス・レヒト・イスト・デア・フリーデ,ダス・ミッテル・ ダーツー・デア・カンプ) [読んでいたところへ戻る]

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