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Will 2008年 10月号
政教分離とは笑わせる
わが敵、創価学会、公明党との10年戦争
白川勝彦 元自民党総務局長・弁護士
内閣改造により、公明党は斉藤鉄夫氏を環境大臣に送り込みました。太田昭宏氏や浜四津敏子氏などのエース級が閣僚ポストに入らなかったことを受けて、「公明党の自民党難れ」が取り沙汰されたりしています。しかし私のように、長く公明党を見てきた者は、そうは見ていません。
現在、公明党の自民党に対する思いは複雑でしょう。昨今問題になっている「偽装」とまでは言いませんが、それに近い関係もそろそろ厳しくなっている。
公明党はまだ、「平和と福祉の党」という看板は下げていません。その「平和と福祉の党」が自民党と組んで、テロ特措法を強硬に通しました。また、公明党は庶民の生活を守るとしながら、原油の高騰の中で、道路特定財源の暫定税率を三分の二条項を使ってまで復活させたのです。さらに、後期高齢者医療の問題も出てきた。
これらについて、さすがに公明党の支持母体である創価学会の会員であっても知っています。どう考えても、「平和と福祉の党」である公明党がやるべき政策ではありません。公明党は自民党と組んで与党となり、自らの意思でこれらの法案を通してきたわけです。
すでにいい加減な言葉ではごまかせないような無理が出てきており、公明党の政治スタンスは創価学会員に説明しきれないというのが実情です。
小泉政権時代の郵政民営化や構造改革の時は、公明党も先頭に立って改革をするというスタンスでした。しかし、創価学会と齟齬が生じるようなことはなかった。
公明党は当時、自民党よりも「我こそは正しい」という姿勢で構造改革を推進していました。郵政民営化や構造改革の中身は訳の分からないものだったので、創価学会も何も言わなかったのでしょう。
自公のカモフラージュ
よく「ねじれ国会」の問題が取り上げられます。衆議院と参議院の多数が与野党逆転しているので、法案が通らないことが問題だという。
しかし私は、別にねじれているとは思いません。これからも衆議院と参議院で選挙結果が異なることは大いにあり得ることです。
国民が「ねじれ」ていると感じているのは、衆議院と参議院がねじれていることなどではなく、民意が法案の可否に反映されないからだと私は思っています。新テロ特措法の成立も道路特定財源の暫定税率復活も、後期高齢者医療問題にも、国民の意思は反映されなかったと私は見ている。
結局、衆議院の三分の二で強硬採決されて法案が押し通されたのです。つまり、国民の意思と法案の可否が「ねじれ」ているのです。
では、三分の二で押し通せなくなると、与野党が衆参で逆転している場合、何も決まらないという話になる。しかし、何も決まらなくていいと私は思います。悪い法案であれば、決まらないほうがいい。
元の宰相である耶律楚材の言葉に、「一利を興すは、一害を除くに如かず」があります。今の自公〝合体〟政権が天下国家のためだと言って決めることなど、国民のためになりません。むしろ決めないほうがいいのです。
つまり、衆参がねじれているのではなく、衆議院の三分の二を持っていて法案を押し通す自公〝合体〟政権と国民の意思とがねじれていることが問題なのです。
この衆議院の三分の二は、自民党だけでは確保できません。法案を押し通すためには、自民党プラス公明党の力が必要なのです。
これは、単に数の問題だけではありません。三分の二条項を使って衆院で法案を強行採決する場合、もし仮に自民党単独でそれを行ったとしたら、自民は次の選挙で壊滅的な打撃を受けることになります。
自民単独ではなく、公明党も一緒に強行採決をしているということで、今までかなりの無理をやってくることができたのです。
自公〝合体〟政権は、数の問題だけでなく、自公が組むことによって政治的に有利であり、ゆえに郵政民営化などを行うことができました。
公明党は自公〝合体〟政権で、衆議院で三分の二をとるため、そして自民党単独政権ではないという装いをするための役割を果たしてきたわけです。しかしさすがに国民も、自民党も公明党も、今や同じではないかと気づいています。
もはやカモフラージュ作戦は通用しなくなった。創価学会もこれではマズイと思い始めていることは確かでしょう。公明党も自分たちも無傷ではいられないと思っていると思います。
以上のような状況を見て、今にも自民党と公明党の関係が終わり、公明党は次を見越して民主党と組むというようなことが巷間、囁かれています。しかし、それはない、ということを以下に説明しておきます。
公明党の奇行、驚愕の理由
公明党に限らず、政党というものは、権力の中にあり、政権党の味をしめたのであれば、駄目になるその日まで、権力から離れることはありません。私は自民党の中にいて、選挙を仕切り、政権党のあり様を見てきたのでよくわかります。
もし、現在の権力が勢いを失いそうだからといってそこから離れるとしても、新たな権力につけるかどうかはわかりません。ハムレットの有名な言葉で、「死んだ後のことはわからない、だから怖いのだ」というのがあります。それと同じで、今、生きていることのほうが、権力の中で生きているのであればなおさらのこと、重要であり、権力から離れられないのです。
一般論として、権力の中にあるものは、駄目になるその日まで絶対に離れません。
自民党と公明党が連立を組んでいるのは、自民党にとっては「とにかく政権党でいたい」からです。それが唯一のレゾンデートルです。公明党も平和だ、福祉だと言っても、自民党と連立を組んでいるのは、政権に与りたいからです。
公明党はなぜ政権与党に入っていたいかといろいろ勘ぐる向きもあります。しかし事は簡単で、およそ世俗の人間は権力を得たいと思うからです。公明党の支持母体である創価学会も、宗教団体とはいえ、世俗的な宗教団体です。世俗的であるからこそ、最も世俗的である自民党と組んで、とにかく政権党でいたいと思うのは自然の摂理でしょう。筋も道理も恥も外聞もない。
ですから、城が焼け落ちるその日まで、政権から離れることはありません。
それでも民主党に擦り寄りつつあるのではないか、と思っている人は、小沢一郎という人を知らなさすぎると思います。
小沢氏は公明党には煮え湯を飲まされています。先頃、創価学会を訴えた矢野絢也氏が『文藝春秋』(二〇〇八年八月号)に公開した情報で驚くべきことがわかりました。
かつて自民党と新進党が戦った時、私は自民党の総務局長として最前線で指揮していました。新進党はもとより、敵である我々自民党も当然ながら、公明党は全員が新進党に合流するものと思っていた。
しかし、蓋を開けてみると、公明党の非改選の参議院議員と地方議員は政党「公明」を作って分裂し、彼らは新進党に合流しなかったのです。我々はこの行動が理解できなかった。
この理由が、今回、矢野氏の公開した情報でわかりました。つまり、「公明」があれば信濃町の創価学会本部は静穏地帯に入ります。静穏地帯とは、街宣活動が規制される地域のことで、大使館や国会、党本部の周辺が当てはまる。矢野氏は創価学会本部が公明党本部から半径五〇〇メートルの距離に入ることを確認し、信濃町のその場所を静穏地帯としたのです。
「公明」がなくなり、静穏地帯でなくなれば、場合によっては右翼の街宣車が学会本部のある信濃町に入ってくることもあり得る。それを避けるために、「公明」を残したのです。
公明党にとって、地方議員の力というのはものすごく重要です。新進党から立候補する議員は、地方で公明党が事務局となって動いてくれればものすごく助かる。にもかかわらず、公明党の全員が合流しないというのが、我々自民党にも不可解でした。
小沢と学会の決定的亀裂
しかし、この行動は、日本の政治をどうこうするとか、そういうことが目的ではなく、単に創価学会、池田大作名誉会長を守るための行動だったのですから、我々に理解できるはずがありません。
これは政治史の謎が解明されたと言ってもいいような情報です。このことを小沢氏は身をもって知っているということを忘れてはなりません。新進党は公明党・創価学会を当てにしていたにもかかわらず、のるかそるかの一九九六年(平成八年)の衆議院選挙の戦いをわかりにくいものにしました。そして新進党は勝つことができませんでした。
この問題は当時の小沢氏と創価学会との間に決定的な亀裂を生みました。このことを、そんなに簡単に小沢氏が忘れるわけがありません。
政権を取るということは、そんなに簡単ではない。小沢氏は政権を作った人ですから、そのことを一番よく知っているはずです。政権を取る厳しさを知らない人たちが、公明党が中立になってくれればいいとか、民主党と組むなどということを言っているだけなのです。
自公政権が負ける前に公明党が政権を出て小沢氏に頭を下げるなら別ですが、先ほども言ったようにそんなことは起こり得ない。であれば、負けたら今度はよろしく、というような虫の良い話に乗るほど、小沢氏は甘くないということです。
政権を作るというのは、のるかそるかです。将来のことなど語っていたら首を取られます。闘いは、今、味方なのか、敵なのか、が大事なのです。民主党の一部の幹部が言っているような甘い認識で政権など作れません。
矢野氏も認めた政教一致
公明党が小沢氏を裏切る理由にもなったように、彼らが大事なのは支持母体の創価学会なのです。この公明党と創価学会の関係について、私は政教一致であると一貫して指摘しています。
創価学会が地方議員を含めて政界に進出したことについては、当初から多くの国民が違和感や胡散臭さを感じていたと思います。日本で宗教団体が挙げて政党を支持し、政治の先頭に立つということが、日本ではなかったからです。
日本は織田信長の比叡山焼き討ちに見られるように、宗教と政治は切り離してきました。明治に国家神道がありましたが、これは宗教団体ではありません。宗教団体が深く政治に関与したのは、日本では創価学会が初めてだと言えます。
ですから、公明党が衆議院に進出した時、日本人はさすがにそろそろ真面目に考えなければならないと思ったのでしょう。藤原弘達氏の『創価学会を斬る』が大ベストセラーになったのは、そういう問題意識が大きかったのだと思います。
私が公明党と創価学会の関係について真剣に考え始めたのは、細川連立政権発足当時に亀井静香氏の呼びかけで「憲法二〇条を考える会」に参加してからです。
憲法二〇条一項の後半には、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と書いてあります。ここには、「いかなる宗教」ではなく、「いかなる宗教団体」と書いてある。仏教という宗教がどうこうしてはならないのではなく、特定の宗教団体が政治上の権力を行使してはならないと定めているのです。
宗教団体とは、教えではなく、教えを広げるための人的な魂です。宗教は世俗ではありませんが、宗教団体は世俗の実在なのです。憲法二〇条は、その世俗の実在である宗教団体が政治上の権力を行使してはならないと言っているのだと、素直に読めばいいと私は思います。
しかし、公明党や創価学会は、この憲法二〇条は「宗教団体が国や地方公共団体から委託を受け、裁判権や徴税権や警察権を公使すること」を禁じているのだと脆弁を弄します。右のような彼らが言う状況はクーデターでも起こって日本国憲法がなくならない限り、あり得ないことです。憲法がなくなった時にしか起こりえないことを、日本国憲法がわざわざ規定しているわけはありません。
憲法二〇条が政教分離を唱えているのは、それが侵されれば様々な弊害が起こるからです。すでに起こっているように都議会で公明党が強ければ、都営住宅に当たるのは圧倒的に創価学会員が多いというような世俗の細々としたことまで、学会員が有利になるという現象が生まれます。
他にも、NHKは国家権力の影響下にある公共放送ですから、そこには創価学会員であるタレントが多数出演しています。
また、矢野氏も会見で、「公明党書記長の時には、学会を守ろうと大きな声では言えないようなこともした。やりすぎじゃなかったかなと思う」(産経新聞二〇〇八年六月一四日)と述べているのです。推して知るべしでしょう。
「暗殺リスト」に入った私
一方、政治権力を行使して宗教団体が現世利益を唱え、布教活動をすると、その宗教を堕落させるという側面もありますから、憲法二〇条には深い意味があるのです。決して公明党や創価学会が主張するような荒唐無稽の条文ではありません。
そして大事なことは、公明党は創価学会なくして存在し得ない政党だということです。依存なのか支配なのか、「公明党=創価学会」なのか「公明党・創価学会」なのか知りませんが、創価学会がなければ公明党は成立しないという状況がそもそも認められないということです。
村山政権発足時に亀井静香氏が運輸大臣になったことで、大臣が「憲法二〇条を考える会」の会長をしているのはどうか、ということから私が会長代理を引き受けることになりました。その後、会長代理である私が、新進党との選挙戦で、「新進党は創価学会党だ」とか、公明党と創価学会の政教一致などを指摘し続けたことで、私は公明党と創価学会から攻撃を受けることになります。
しかし、私は法律家でもありますから日本国憲法に沿って物事を解釈しており、一連の攻撃はそれに対する彼らとの戦争だと思っています。攻撃されて当たり前なのです。ですから、泣き言ではないという文脈で、私の体験を知って頂ければと思います。
矢野氏が公開した前出『文藝春秋』の中に、次のようなものがありました。〈私が党役員のとき、学会首脳が第三者を使い、藤原(注/行正)氏の暗殺を計画しているとして、藤井富雄都議会幹事長が私の自宅に来て、「そういうことは学会の自殺行為になるので、矢野さんから止めてもらいたい」との真剣な要請があった〉。これはありそうな話です。
というのは、当時、ある関係者がある暴力団に、私と亀井静香氏と山崎正友元弁護士を殺してくれと頼んだビデオがある、という情報が我々には入ってきていました。それが出てきたら「新進党は創価学会党」という決定的な証拠になるため入手したかったのですが、結局、入手できませんでした。しかし、暗殺リストに入っているということは多方面から言われました。
さらに、あちらこちらの公明党の集会では、私と亀井静香氏の顔写真が会場に上る階段に敷き詰められていて、それを踏まなければ会場にあがれないようにしてあったらしい。
私もプロの政治家ですから、写真を踏みつけられるくらい屁でもありませんが、さすがに無意味に殺されるのは避けたい(笑)。総務局長にはSPはつかないので、自分で民間の警備を雇いました。
創価学会と戦ってきた人は皆、みすみす殺されないために、自分で自分を守っています。地下鉄に乗る時は、電車が止まってドアが開くまで壁か、柱を背にして立ちます。それくらいのことをするのはプロの政治家として当然です。
投票四日前での謀略ビラ
私は自民党の議員でしたが、自民党は長く権力の座に君臨している政党で、選挙になると地方では圧倒的な強さがありました。中でも私の後援会は熱血漢が多く、「白川馬鹿」と呼ばれたくらいのものでした。
そんな私の後援会でも、対抗馬に対して謀略ビラなど配ったことはありません。倫理的にもやらないのは当然ですが、それをおいても、大勢に配布することは実際にもできないのです。
かつては共産党に、党のためなら警察につかまることも辞さないという人がいたものですが、今は共産党もそんなことをする人は少なくなっているのではないでしょうか。
しかし、公明党・創価学会にはそういう組織がある。私のまさに目の前で起こったことを述べていきます。
私が最後に落選した二〇〇〇年(平成一二年)の選挙戦で、投票日の四日前、選挙区一〇万世帯に謀略ビラがまかれました。そのビラは、私の事務所にもないような資料をうまく構成し、「○○の会」という真面目な市民が私を攻撃するという褒めたくなるような出来です。つまり、謀略だとはわからない謀略ビラでした。
しかも、それらは白地の封筒に入れられ、手書きで宛名が書かれており、切手が貼ってある。裏は差出人不明です。そして、差し出し局は全国に散らばっていました。
どこかから一括で出したりすれば、誰が謀略行為をしたかバレてしまいます。ですから、それぞれが宛名を書き、切手を貼って、全国から郵便で送付する。これは普通の集団ではできません。
投票日の四日前ですから、こちらはもう反論したくても反論できません。しかも公職選挙法の規定があるので、手段もない。時間的にも手法でもお手上げ状態です。白川だけは落とさなければならないということだと思います。
私はこの封書を見た時、こんなことは自民党でもどこの党でもできないと思いました。その時の対立候補は民主党でした。公明党と創価学会は、その民主党候補を公認していました。他に共産党の候補もいましたが、彼らにこれだけ手の込んだことができるはずはありません。
絶妙な全紙トップ記事
その平成一二年の選挙前に、秘書の交通事故もみ消しがある日突然、明らかになり、秘書が逮捕されました。あってはならないことなのは確かですが、私の秘書はお礼として三万円の商品券をもらっただけです。しかし、全国紙が全紙トップで報じました。
この件で、私の支持は一五%落ち、対立候補は一五%伸びたので、実質、三〇%の差が生まれました。これが私には致命的でした。
この秘書の交通事故もみ消しの件を仕掛けたのが、公明党・創価学会陣営なのかどうかはわかりません。
この件については私なりに、秘書には秘書の事情があったことなどを有権者に説明し、だいぶ理解が得られたと思っていた頃、また別の件が持ち上がりました。
ある日突然、確か読売新聞の記者だと記憶しております。これも私の別の秘書の件を尋ねてきたのです。私も新聞記者の取材はよく受けましたが、この記者は明らかに私が知っている通常の取材ではなかった。
すでに書くことも決まっているけれども、一応のアリバイづくりのために来たという感じです。ほんの一〇分くらい通り一遍の質問をして帰っていった。
そうしたら翌日、読売新聞の一面トップ記事になっているわけです。その後は各紙が後追いをしました。秘書が歯科大学の裏口入学を斡旋したという話でしたが、これは事実無根のことでした。
どちらの秘書の件もあまりにタイミングよく出てきて一面トップです。これが公明党・創価学会の仕業かどうかはわかりませんし、何の証拠もありません。
学会を批判できない大新聞
私は割合とテレビから声がかかる政治家だったので、落選した後はテレビ出演を求められたりしました。しかし、一度出演すると二度と声はかからなくなりました。テレビ局に“視聴者”という人たちからクレームの電話がかかってくるのだと思います。
私は自民党で選挙を仕切っていたので、自民党のマスコミ対策はよく知っていますが、それは公明党・創価学会のマスコミ対策に比べれば素人のようなものです。ですから、自公〝合体〟政権は、創価学会の智恵も経験も、カネも出すマスコミ対策を得ているのが強みだとも言えます。
公明党の批判記事を書けば、しつこく電話がかかってきたり、クレームが来たりするので、マスコミはそれが嫌で書かなくなる。こんな電話ごときはかわいいものですが、そのかわいい程度のものに日本のジャーナリズムは弱いということです。
また朝日新聞以外の新聞社は聖数新聞や公明新聞の印刷を請け負っているため、創価学会や公明党の批判は書けないのです。さらには、巨額の広告収入を創価学会系出版社の広告出稿で得ているので、書けるわけがないのです。
公明党は諸悪の根源
公明党と創価学会の政教一致を批判してきたことは私の信念ですし、それは全く後悔していません。また、私が議員を辞めたのも秘書の件があったからで、外から発言するのも政治活動だと思っています。
私の立場から言いたいのは、公明党と創価学会の政教一致を共に批判してきた自民党のかつての仲間たちが、自公〝合体〟政権に甘んじている状況は極めて残念なことだということです。憲法違反だと厳しく批判し、公明党と戦ってきたのに、その憲法違反の党と連立を組んでいる。これは我々の公約を被ったことになります。
小渕政権で自公が連立を組むことになる前、私を含めた何人かの「政教分離を貫く会」は「公明党との連立内閣に関する意見書」を発表し、強く連立に反対しました。しかし、亀井静香氏を初め、ほとんどの「憲法二〇条を考える会」のメンバーは、もう我々と行動を共にしてくれませんでした。
最後まで私と行動を共にしたのは、石原伸晃、江口一雄、江渡聡徳、奥谷通、小津潔、小此木八郎、尾辻秀久、小林興起、小林多門、佐藤剛男、自見庄三郎、鈴木俊一、原田義昭、平沢勝栄、穂積良行、武藤嘉文、森田健作、渡辺具能です(五十音順、敬称略)。
しかしすでに、白公〝合体〟政権となって久しく、自民党の政教分離の公約は公然と被られています。
これから政局を迎えますが、政権交代するのかどうかというのは、投票日の一週間前までわからないものです。選挙というものは、それほど先が読めないし、何が起こるのかわかりません。
ただ、確実に言えることは、自民党と公明党をあわせても三分の二を取ることは不可能だということです。その自民党と連立を組んで三分の二条項で悪法を成立させている公明党こそが諸悪の根元だと私は思っています。
カモフラージュである自公〝合体〟政権に正当性がないことは自明なのですから、国民から大きなしっぺ返しを食らう日はそう遠くはない。まずは自民党が憲法と公約を思い出して欲しいものです。(談)