狂った最初の一撃
08年10月10日
No. 956
衆議院の解散をめぐる報道が多い。私は昔から解散・総選挙の日程を得意然として語る政治家や評論家を好まない。そうした政治家の発言をさも重大事のように報道するマスコミも好まない。というより、軽蔑している。
解散・総選挙の時期を予測することは、天文学のような科学ではない。解散は総理大臣の大権すなわち胸先三寸、という理由からではない。麻生首相は「解散は私が決めさせて頂きます」といっているが、これは単なる強がりに過ぎない。麻生首相は、与党や野党の意思・力関係、政治情勢や国民世論を無視して解散を自由に決められる力などもっていない。だいいち解散権の行使などという事態ではない。
解散は法案に反対する野党や議員を威嚇し、政府が提案した法案等の賛成を得るために行われるものである。アメリカの下院を解散する権限は大統領にない。だからブッシュ大統領は、金融安定化法案を可決するために、前の法案よりも議会が賛成しやすい内容の修正案を提出して賛成を得るという手法をとらざるを得なかった。かつて韓国の大統領側近の議員と話していたとき、解散権がある日本の首相が羨ましいといっていた。
現在の政治状況は、野党が解散を望んでいるのだ。公明党も解散を望んでいる。解散に怯えているのは、自民党である。麻生首相自身も最近では怯えているのではないか。いろいろな御託(ごたく)を並べて解散を先送りしようとしている。これじゃ、安倍首相や福田首相と同じではないか。私は永田町徒然草No.935「なに、10月3日解散だと・・・!?」で、次のように書いた。
10月3日解散、10月26日投票日!?
麻生太郎氏も舐められたものである。本人が総裁選で全国を飛び回っているというのに、自民党と公明党は10月3日解散、10月14日公示、10月26日の総選挙という日程で合意したという。もちろん、麻生氏の意見を聞いてのことだと思うが、そうだとすれば麻生氏はその愚かさを世間に晒したことになる。
月刊『文藝春秋』に掲載された麻生氏の論文(!?)が問題となっている。昨日の記者会見では記者の質問攻めにあっていた。しかし、麻生首相の答弁は実に歯切れが悪かった。麻生首相らしくない答弁であった。麻生氏が10月3日解散・10月26日投票に賛成していたことは間違いないないようである。ということは、麻生首相が当初考えていた解散・総選挙戦略は完全に狂ってしまったのだ。
戦いは一瞬一瞬の連続である。積み重ねだ。最初の切込みが狂ってしまうと、その後のすべてが狂ってくる。リーマンブラザーズ社の破綻は、想定外だったと思う。しかし、その後の展開は想定外ではない。経済に門外漢の私でも今日の事態くらいはある程度の想定できた。麻生氏の側近も財務省も金融庁も経済界も、経済音痴ということじゃないのか。こんな連中が自公“合体”体制を固めているのである。補正予算の次に、さらなる経済対策を行うという。どうせ大したものではないろう。今日の事態を解決することはできないだろう。そもそも「日本経済は全治3年」などという表現はかつて誰かが使った言である。
解散がどのような流れの中でなされ、そういう情勢の下で総選挙が行われた場合の選挙結果がどのようになるかを予測することは、科学である。政治学も立派な社会“科学”である。私は政治学だけは真面目に勉強してきた。人後に落ちないつもりである。永田町徒然草は、私の政治学の知識と長年の経験で培ってきた直感に基づいて書いている。民主党を中心とする野党にとって、10月3日解散はよろしくないと考え、これを阻止するために「なに、10月3日解散だと・・・!?」を認めたのである。私の政治行動として・・・。いまのところは上手くいっている。問題はこれからである。
それでは、また。