晋三、破れたり。
14年11月21日
No.1708
一年納めの九州場所が、盛り上がっている。私は今日も、テレビ桟敷で手に汗を握って観戦した。鶴竜が日馬富士に敗れ2敗となり、白鵬が大鵬の32回優勝の大記録に、一歩一歩近づいている。午後6時に相撲中継が終わり、1分も経たない内に安倍首相が大写しになった。安倍首相の顔を見るのはもういいよと思っているのに、安倍首相がまた、記者会見をするというのだ。約25分の会見を見て、 「晋三、破れたり。」というのが、私の率直な直感だった。
私がそう感じたのは、安倍首相自らが“アベノミクス解散”と名付けたことである。“アベノミクスってなぁに?”と問われても、私は一言で答えることができない。“アベノミクス”なるものが何を指しているのか、いかなる内実をもった概念なのか、私は、今もって分からないのだ。それは私だけではなく、多くの国民の認識だと思うが、どうであろうか。アベノミクスなどといって喜んでいるのは、安倍首相と周りのおベンチャラ達だけなのだ。
今回の解散に“大義名分”を付けられない最大の理由が、実はここにあるのではないか。大義名分がないからと言っても、解散はできる。それは事実だが、大義名分のない解散は、国民の理解が得られない。だから、解散を仕掛けた自公“合体”政権の与党は、言い訳から演説を始めなければならない。言い訳をしなければならない戦いは、
“晋三、破れたり。”と私が思ったもうひとつの理由は、アベノミクス解散と名付けたことにより、今回の審判の対象が、安倍首相自身となってしまったことである。安倍首相は、自分が国民から好印象を持たれていると思っているようだ。内閣支持率を彼はそのように思っているのだろうが、これは、権力者が最も陥りやすい錯覚なのである。この2年の間に、安倍首相は特定秘密保護法や集団自衛権行使容認閣議決定、あるいは原発問題などで、国民の6割以上が反対することを平気でやってのけた。「安倍首相、Yes or No ?」と問われれば、あの時の記憶がよみがえり、多くの国民は“安倍ノー”と応えることになる。
“安倍ノー”の動きが、全国の各選挙区で具体的な現実となり始めた。沖縄県の4小選挙区では、翁長知事選の構図で各党が選挙共闘を行うという。たぶん沖縄県では、自民党はゼロになるだろう。“多弱団子党”などと失礼なことを言ったが、“安倍ノー”と叫びたい国民は、多弱が一つになって自民党・公明党候補に対決する候補者を求めているのだ。そのような構図を作れば、全国どこの小選挙区でも、その候補者が勝つであろう。さぁ、今度の選挙は面白くなるぞ。
今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。