この男、只者にあらず…!
09年07月01日
No.1213
私くらいの歳になると驚くとか感激とか初めてとかということは少なくなる。ましてや政治家や政治的な場面に回合(かいごう:めぐりあうこと)しても、それなりに海千山千の経験をもつ私などは、感激することなど滅多にない。むしろ失望するケースが多い。却って会わなければよかったと後悔することすらある。この男との久々の回合は、私を感動させた。この男は只者ではない。この男とは、鳩山由紀夫民主党代表である。
新著『翔べ! 鳩山由紀夫』が私の事務所に届いたのは、2009年6月25日であった。翌6月26日正午過ぎ、私はその15冊を議員会館の鳩山由紀夫事務所に届けた。そして「できれば、鳩山由紀夫先生にお会いしたので時間をとって頂きたい」と事務所の女性に頼んでおいた。その日の午後5時少し前に、さっそく鳩山由紀夫事務所から電話があった。「6月30日午後にお会いできるので事務所においで頂きたい」とのことであった。もちろん私はお受けした。
昨日(6月30日)の午後、私は友人と事務所の女の子と鳩山事務所に出かけた。友人は本の運搬と写真要員・女性事務員は風呂敷に包んだ『翔べ! 鳩山由紀夫』を差し出す係。この友人には今回の出版もいろいろと手伝いをしてもらった。事務所のスタッフには、出版案内の手紙を発送するなどいろいろと頑張ってもらったので、代表して“生の鳩山由紀夫”に会わせてみようと考えたのである。
定刻ちょうどに、鳩山氏は外出先から事務所に帰ってきた。そして待合コーナーにいた私に向かって、
「白川先生、お久しぶりです。松木けんこうさんのとき以来ですね」
と言った。
松木けんこう氏とは、北海道12区で立候補している民主党の衆議院議員である。4年前の衆議院選挙では、相手候補が自民党幹事長になったので厳しいと思い、1週間泊まり込みで私は松木氏の応援に駆け付けたのである。その最中に鳩山氏も応援に来たので、昼食会の末席に私も侍っただけなのである。全部で十数人の昼食会だった。そんなに長い昼食会でもなかった。
私はもちろん憶えているが、鳩山氏が忘れていても少しもおかしくない。現に昨日松木氏にこのことを伝えたところ、当の松木氏はこんなことは忘れていた。私なども「白川先生とは、何処どこでお会いしましたね」と言われても、よほど印象に残る会合でない限り数年前のことなどほとんど思い出せないことが多かった。現職の衆議院議員というのはすくなくとも1日に数百人と会うのであるから…。
鉄鋼王カーネギーは
「人は明日地球が破滅することよりも、自分が他人にどう思われているかの方に関心があるのだ」
と言ったという。けだし名言である。
さっそく応接室に案内された。私は『翔べ! 鳩山由紀夫』を15冊、昨年秋の選挙を睨んで出版した『政権交代』と『自公連立解体論』、そして『いまリベラルが問う』を送呈した。『翔べ! 鳩山由紀夫』には“風林火山”とサインしてお贈りした。これから戦いである。民衆革命の総大将として、縦横無尽の活躍を祈ってのことである。
その後、10分間くらいいろいろなお話をした。私としてはスパイ防止法に関する意見書のことが気になっていたのだ。鳩山氏にはひょっとしたら迷惑なことだったかも知れないと内心少し心配していたのだ。しかし、鳩山氏はこの件をシッカリと憶えていた。どういう経緯で意見書に署名することになったのかということまでハッキリと憶えておられ、私に話してくれた。代表選の最中に永田町徒然草の記事を読んで嬉しかったとさえ言ってくださった。感激である。あらぬ心配は杞憂であった。
忙しい身なのであるから、私は長居をする気はなかった。早々に失礼をしたのだが、わざわざエレベーターのところまで出てきて見送ってくださった。いささか恐縮した。夜テレビでみて知ったのだが、昨日は鳩山氏にとって重大なことがあったのだ。そんなことは微塵も感じさせない、落ち着いた爽やかな回合であった。最後の写真は、私の事務所の女の子を入れた記念写真である。彼女は「この写真は一生の宝物にするわ」と言っていた。
鳩山由紀夫。この男、只物ではない!! 獅子奮迅の活躍を祈念して已まない。