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永田町徒然草のスケール(その2)

09年01月31日

No.1069

昨日の“つづき”である。今日は土曜日であるが、白川勝彦法律事務所は土曜日も仕事だ。時間切れで尻きれトンボにならないように、今日は朝早く起きて書き出したところだ。外はまだ真っ暗である。

“わが国の歴史”の中で、私がいちばん重視する視点は“権利のための闘争”ということである。フランス革命やアメリカ独立革命のような華やかで劇的な闘争だけが“権利のための闘争”の歴史ではない。それぞれの国にはそれぞれの“権利のための闘争”がある。日本には日本人の“権利のための闘争”があった。それらの延長線上にわが国民の権利があるのだ。そして現在もその“闘争”は繰り広げられている。それを紹介し、評価し応援するのがこの永田町徒然草を続けている所以である。

自公“合体”体制は、私が目撃してきた政権の中で“最悪最低”の体制である。少なくとも戦後の歴史の中で“最悪最低”の政権である。ところが体制側の人間は、そのことを認識する能力すらもっていない。客観的にも主観的にも戦後“最悪にして最低の政権”である。遂にそのツケを払うときが迫りつつある。政権交代だ。政権交代は、わが国においては“ひとつの革命”である、と私は考えている。“革命”なのであるから、それはそんなに簡単な筈がないと私は思っている。それが世界の革命の歴史だ。

私は自公“合体”体制の“最悪最低ぶり”を正確に認識する必要性を感じている。革命とは紛れもなく“一害を除く”ことだと考えているからである。世界のあらゆる革命は、少なくともその国の明らかな“一害”を容赦なく果断に放擲してきた。わが国の革命もそうでなければならない。実にくだらないし退屈な作業だが、自公“合体”政権の“最悪最低の程度”を丹念に暴露・指摘しつづけなければならない。書く方もときどき辟易とする。読者も辟易することが多いと思うが、我慢してもらわなければならないのだ。興一利不若除一害だ。

私がもうひとつ着目しているのは、“権利のための闘争”をしている陣営の力・質である。革命を起こそうとしている側の質・力である。野党陣営の質と力が低いと“革命”は質の低いものとなる。これも世界の革命の歴史が教えるところだ。私は10年近く「反・自公“合体”体制側」に身を置いている。しかし、特定の“野党”という組織に身を置いている訳ではない。革命を成し遂げるために“党”は必要だが、党だけで成し遂げられるものではない。革命を成し遂げようという側の質と力の変化を見つめ、問題があったら指摘し正すことも永田町徒然草を続けている所以である。

政治的社会的動向を論評する場合に、私が用いているスケール(定規・尺度・基準・物差し)は以上のようなものである。それらは数値で明確に示すことができるものではない。しかし、政治的社会的事象を論評する場合、私がどのようなスケールに基づいているのかを明らかにしておくことは必要なことだと思った。永田町徒然草No.1067で「何をスケールに社会や政治の変化をみるかとなるとそれ自体が大きな問題となり、話は急に難しくなる」と述べたが、やはりそうであった。永田町徒然草の読者が私の論評を読む際の参考になれば幸いである。夜が明けてきた。ぐづついた空模様だ。

それでは、また。

  • 09年01月31日 06時56分AM 掲載
  • 分類: 2.国内政治

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