批判精神と知性
08年12月02日
No.1007
久しぶりに自宅でこの永田町徒然草を打っている。実に1週間ぶりである。ところが昨夜は古い友人たちとの少し早い忘年会だった。ほとんどニュース報道番組を見ていない。今朝起きてから地デジ放送やBS放送を“懸命”に見ているのだが、これだと思えるテーマがない。わずかなニュースの中からわざわざテーマを無理して選ぶよりもいつも考えていることを書こう。
麻生首相が“100年に1度あるかないか”という経済危機の中でやろうとしている政策の目玉は“2兆円ばら撒き”である。正式には定額給付金というのだそうだが、これには国民も呆れている。その通知がくればほとんどの人が受け取るだろう。麻生首相のお金をばら撒くというのなら遠慮する人もいるであろうが、この2兆円はそもそも自分のお金なのであるから当然である。ただそれだけのことである。
総選挙は早晩くる。しかし、定額給付金を自公“合体”政権の成果だといって大いに吹聴するのは、創価学会・公明党筋の人たちだけであろう。自民党公認候補の応援演説に立つ人は、そんなことを言わないであろう。そんな演説しても聴衆が拍手喝采することはまずないであろう。そもそも緊急の経済対策として麻生首相が大々的に言い出したのであるから、多くの国民は暮れまでにそのお金が来るのだと受けとめていた。ところが来年の3月31日までだというのだ。来年のことをいうと鬼が笑うというではないか。
国民は愚にして賢。ところが肝心要のわが国の首相は完全にバカである。政治音痴である。そんな人物を圧倒的な多数で選出したのであるから、自民党も公明党も政治音痴でありバカといわざるを得ない。もともと自民党はバカな政党などでなかった。政治音痴ではなかった。政治音痴の政党が50年以上も政権を保持できる筈がない。なぜ自公“合体”政権は政治音痴で馬鹿らしいことを次々と繰り返すのだろうか。自民党は狂ってしまったのである。
自民党が狂ってしまったのは、批判精神を失ったからである。批判精神がなくなると知性は鈍化する。知性がない人を世間ではバカという。自民党が批判精神を失ったのは、公明党と連立を組んでからである。自民党と長く付き合ってきた私は自信をもってそう断言できる。朱に交われば赤くなる。自民党は公明党と同じように党内の批判精神を圧殺してきたのである。だから私は名誉ある自民党離党者第一号の道を選んだ。私は議席を失ったが、批判精神だけは失わずに済んだ。知性も辛うじてまだ少しは残っているつもりである。
自民党の断末魔は因果応報である。