翔べ! 鳩山由紀夫
09年06月18日
No.1200
私は、昨日の党首討論をどうしても見ることができなかった。この半年余の間、懸命に弁護してきた刑事事件の判決公判があったからである。「控訴棄却」という残念な結果であった。これまでの訴訟指揮から推察して、ある程度はこの結果を予想していた。それでも一縷の希望を託していたのだが、無内容の味気ない理由で却下されてしまった。判決の後、被告人と接見した。被告人は机を叩きながら泣いていた。私には返す言葉がなかった。
足利事件で警察・検察に対する信頼が揺らいでいる。裁判所に対する信頼も同じく揺らいでいるのだが、裁判官はどこ吹く風というのが現実である。具体的状況における具体的判断をいちばん求められるのが、裁判官である。法律と良心に従って、その判断をするのが裁判官の責務である。しかし、ほとんどの裁判官がその独立不羈の矜持を失っている。刑事裁判では、検察官の主張を追認する機関となっている。悲しいかな、これがわが国の司法の現実だ。被告人と私たちは上告することにした。最高裁はあるが、現実はほとんど“開かずの扉”なのである…。
録画していなかったので党首討論の全体を見ることはできない。ニュース報道でダイジェストを見ただけだが、鳩山民主党代表の態度・発言・内容は堂々としていた。鳩山由紀夫氏が民主党代表に就任してちょうど1ヶ月目であったのだが、この間に鳩山氏は目ざましく成長した。
「鳩山由紀夫民主党代表が誕生した。<中略> マスコミは自分たちの思惑どおりに運ばなかったことが不満のようだが、それは仕方がない。マスコミは何だかんだとイチャモンを付けてくるであろうが、そんなことは放っていたらよい」
と書いておいた(永田町徒然草No.1167「祝:鳩山“新”民主党代表」参照)。
鳩山氏か岡田氏かが争われていた2009年5月13日の永田町徒然草には、
「鳩山由紀夫民主党代表が誕生すれば、慌てるのは自公“合体”政権だ。自公“合体”体制は、小沢一郎という政敵を抹殺しようとしたのだが、そうは問屋が卸さない。天は自公“合体”政権を決して許さないであろう。自公“合体”政権の罪は大きいのだ。罰は当然に受けなければならないのだ」
と述べた(永田町徒然草No.1163「鳩山由紀夫民主党代表は…」参照)。
鳩山“新”民主党代表が誕生して1ヶ月が経った。言ったとおりになりつつある。各報道機関が行った世論調査でも、好ましい数値が出ているようだ。このことに自信をもって堂々と戦いを進めていけば良いのだ。国家権力というのは、国民にとって極めて強く大きいのだ。その権力を握っている者は、国民に対する“愛”を持たなければならない。麻生首相にはその愛が感じられないから、国民は見放したのだ。国民はいま“愛”を求めているのだ。鳩山氏には“愛”がある。それがいま非常に大切なのだ。「翔べ! 鳩山由紀夫」と私は言いたい。
それでは、また。