フォトエッセイ 即写寸言 月別アーカイブ
※信濃川の水――悪名高き宮中ダム
コンピュータを変えたのでデジカメの写真をコンピュータに取り込むことができなかった。5月中に即写寸言を一度くらい更新しなければならないと思っていたのだが、何とか可能となった。しかし、1ヶ月間もサボっていると以前のようにできなくなる。苦労してようやくupdateに成功した。
いずれも5月の連休に十日町市に行った時に撮った写真である。テーマは信濃川の水である。
昭和の初期に国鉄(あるいは鉄道省か)は、十日町市近辺の信濃川を堰き止め、その水を取って発電所を2基作った。十日町市にある千手発電所と小千谷市にある小千谷発電所だ。そしてこの発電所で発電された電気は、現在まで東京の山手線などの電車を走らせる電気として使われていた。
この写真に写っているのが、十日町市宮中にある取水のために作られたダム「宮中ダム」である。現在はこのように大量の水が放水されているが、ほんのチョロチョロとしか流さなかったのだ。
当然のこととして水を取られてしまった十日町市を流れる信濃川は干し上がってしまった。信濃川は死んでしまったのだ。ところがJR東日本は認められた水利権をはるかに超える水を取水したことが発覚し、数ヶ月前に国土交通省はJR東日本の発電水利権を取り消した。
そのため十日町市内の信濃川に元の水が戻ってきた。私は現職の国会議員だったころ、信濃川の水問題にも関わったので、この連休は滔滔と流れる水を見たくて帰郷したのである。これはその時にとった写真である。
早晩この問題については、永田町徒然草で訴えなければならないと思っているが、今日のところは拙い写真のみの掲載となる。
宮中ダムの下流にある姿橋付近の光景
悪名高き宮中ダムから4~5キロ下流の架かる姿橋付近の光景である。水が川幅いっぱいに滔滔と流れている。これが水利権取り消し前は、人が歩いて渡れるくらいしか流れていなかったのである。信濃川の水を干しあげて発電していたのだ。そんな電気を環境にやさしい電気とJR東日本はいう。その考えが私には分からない。
[大きな画像で見る]姿橋のたもとで
上記姿橋のたもとの水流である。ここはかなり川幅が狭く、深さは数メートルあるように見えた。水利権取り消し前は、その水量はきわめて少なかった。
[大きな画像で見る]白川勝彦OFFICE [ 白川勝彦へメール送信 ]
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